〈同胞への遺書〉

同胞たちよ。私は不帰の旅路に出ることを決めました。この、虫の羽ほどの価値もなく、影のように消えてしまう、楽しみの少ない世界に戻ることはないでしょう。

私は偉大なる神が私を受け入れ、預言者や信仰者や殉教者や善行者らとともに真実の座を与えるようお願いしています。

神よ。私は私の魂と体を差し出すことに戸惑いはありません。神がそれを受け入れることを祈念します。

私は武器をとって、殉教者の道を進み、ユダヤ人が我々の息子たちを毎日殺しているように、彼らに破滅と破壊を味わわせるでしょう。

〈両親への遺書〉

親愛なる母と父よ。

幼い私を夜遅くまで起きて世話をしてくれた両親よ。私を育てるのに骨を折り、真正なるイスラム教徒の道を歩ませてくださいました。

あなたたちは私が心休まるようにどのような苦労もいといませんでした。私は何もお返しできません。ただあなたたちが天国の最上の場所で偉大なる神に巡り合えるようにお願いするだけです。

母よ。悲しみに耐えてください。神があなたの息子を殉教者として選んだことに対して神に感謝してください。殉教者となった息子は神にあなたのことをとりなすことでしょう。

父よ。大学の学問を修了し、世俗の職業につくことができなかったことをおわびします。しかし、私は殉教者としての地位を神に与えられました。我々と神の敵を恐れさせる聖戦の任務が本日やって参りました。天国でお会いしましょう。

イスマイルの遺書を読んで驚いたのは、政治的な事柄が一切語られていないことだ。自分の死でパレスチナがどうなるのか、残る家族や友人への希望や展望を示していない。

現世について「虫の羽ほどの価値もなく、影のように消えてしまう、楽しみの少ない世界」と否定する色合いが濃い。

コーランでは「この世の生活は、偽りの快楽に過ぎない」(第3章イムラーン家章)とし、「信仰する者たちよ、あなたがたはどうしたのか。『アッラーの道のために出征せよ』と言われた時、地に低頭するとは。あなたがたは来世よりも、現世の生活に満足するのか。現世の生活の楽しみは、来世に比べれば微少なものに過ぎない」(第9章悔悟章)と、ジハード(聖戦)による死を現世の安逸よりも価値あるものとするが、決して現世を否定しているわけではない。

空爆されたUNRWAの建物、2024年7月15日 写真/shutterstock
空爆されたUNRWAの建物、2024年7月15日 写真/shutterstock

イスマイルの深い厭世観は、イスラエルの占領下で混乱が続くガザの状況の希望のなさからくるものと考えるしかない。