「どうして最近はやわなバラードばかりなんですか?」

両者の間には、決して不安要素がないわけではなかった。エルヴィスはアメリカのマーケットがイギリスに奪われている現状に危機感を抱いていたし、ビートルズのメンバーも、映画スターになってロックンロールを歌わなくなったエルヴィスに不満を感じていた。

メンバーの中で一番楽しそうだったのがジョン・レノンといわれているが、子供時代のヒーローに矢継ぎ早の質問を投げかけた。そしてエルヴィスが警戒していた領域にまで踏み込んで、あえて痛いところを突いた。

「ぼくはサン・レコード時代の歌が好きだった」
「どうして最近はやわなバラードばかりなんですか?」
「ロックンロールはどうしたんですか?」

ジョンが口にした言葉は皮肉でも不満でもなく、純粋なファンの疑問であって、その言葉の奥には愛が込められていた。

エルヴィスが兵役から除隊してシーンに復帰したとき、ロックンロールで金字塔を打ち立てたヒーローが、大人のバラード・シンガーに変わったことで、多くのロックンロール・ファンが去ってしまったのはまぎれもない事実だった。

写真/Shutterstock
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世界中の少年たちがエルヴィスのようになろうと思って、ギターを手にとって歌と音楽を始めていったのである。そうした人たちの想いを正直に代弁して、ジョンは誰一人として言えなかった疑問を、本人に面と向かって初めて伝えたのだ。

エルヴィスはこの面会をきっかけにビートルズ、特にジョンを嫌いになったという話もあるが、エルヴィスのロード・マネージャーによれば、エルヴィスがビートルズの悪口を言っているのは聞いたことがなく、エルヴィスは面会のあとも4人に敬意を払っていたという。実際にエルヴィスは『ヘイ・ジュード』など何曲かを録音している。

いささか不躾すぎる質問によって憤然たる思いにさせられたエルヴィスだが、音楽の仕事に情熱を失っていた自分の心に、ジョンがひっかき傷を付けたことによって、新たな闘志を燃え上がらせる方向へ導いていったともいえる。1968年に放映された伝説のTV番組ライブ『カムバック・スペシャル』はその証だった。

最初に歌ったのは、サン・レコード時代の『ザッツ・オール・ライト』で、そこから『ハートブレイク・ホテル』を筆頭に、初期のロックンロール・ナンバーを次々に披露していったのだ。

2019年2月27日発売の『ベスト・オブ・ザ・'68 カムバック・スペシャル』(Sony Music)ジャケット写真。エルヴィス・プレスリーが完全復活を遂げた伝説のTV番組『'68カムバック・スペシャル』の50周年を記念した特別番組『エルヴィス・オールスター・トリビュート』にあわせて企画された『'68カムバック・スペシャル』のベスト盤
2019年2月27日発売の『ベスト・オブ・ザ・'68 カムバック・スペシャル』(Sony Music)ジャケット写真。エルヴィス・プレスリーが完全復活を遂げた伝説のTV番組『'68カムバック・スペシャル』の50周年を記念した特別番組『エルヴィス・オールスター・トリビュート』にあわせて企画された『'68カムバック・スペシャル』のベスト盤
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ジョン・レノンもまた、1974年に出版されたロックスターたちを描いたアートブック『ロック・ドリームス』の表紙で、エルヴィスと自分が並んでいることに対し、喜びを露わにしている。

「僕とエルヴィス! 夢が実現したわけだ。イギリス版の表紙を切り取って壁に貼ったよ。それにしてもアメリカ版の表紙は小さくてダメだ。だからイギリス版の表紙を額縁に入れて飾ったというわけさ」

文/佐藤剛 編集/TAP the POP サムネイル/Shutterstock

<参考文献>
・トニー・バーロウ著 高見展・中村明子・越膳こずえ・及川和恵訳『ビートルズ売り出し中! PRマンが見た4人の素顔』 (河出書房新社)
・アラナ・ナッシュ著 青林霞訳 赤沢忠之監修「エルヴィス・プレスリー-メンフィス・マフィアの証言-上」(共同プレス)
・クリス ハッチンス&ピーター トンプスン著  高橋あき子訳「エルヴィス・ミーツ・ザ・ビートルズ」(シンコーミュージック)