「君たちがただ座って僕を見ているだけなら、僕は寝てしまうよ」
エルヴィスは音の出ていない大型のカラーテレビを眺めながら、ソファーに座ってベースを弾いていた。顔を合わせた彼らは、取り巻きも含めて自己紹介をすませたが、その後はなかなか会話が続かず、しばし沈黙が流れるのだった。
やがてエルヴィスが「君たちがただ座って僕を見ているだけなら、僕は寝てしまうよ」と言って笑うと、「それならちょっと楽器を弾いたり歌ったりしてみようか?」と提案した。
そうして楽器が用意されてセッションが始まると、ようやく緊張の糸も切れていった。エルヴィスはギターでなく、練習中だというベースを手にしていたので、ポール・マッカートニーはここぞとばかり話しかけた。
「彼がベースにハマっているのはこの上なく嬉しかったよ。それで『僕にもちょっと弾かせてもらえないかな、エル…』って声をかけたんだ。その瞬間、仲間になれたんだ」
ジョン・レノンによれば、最初に演奏したのはシラ・ブラックの『ユー・アー・マイ・ワールド』だったという。頭を悩ませながら言葉を選んで話すより、音楽を演奏したほうが余計な気遣いをせずに、コミュニケーションができたのである。
1時間ほどが過ぎた頃、彼らはセッションを終えてトークに戻った。さきほどまでとは違い、今度は互いのツアーでのエピソードや、飛行機で移動することに対する不安、車のことなど色々なことを話した。
気がつけば時刻は深夜の2時となり、4時間に及んだ面会はお開きとなった。