冤罪かどうかを判断するのかは観ている人に委ねたい
映画完成まで約5年。和歌山行きの夜行バスに何十回と乗り込んだ。二村にとってこれが初監督にして、事件取材に取り組むのも初めてのこと。取材対象は、林眞須美の長男から「眞須美に毒を飲まされた」夫の健治、科学鑑定に携わった大学教授、元鑑識官などに広がっていく。
当初「トンデモ系」の話ではないのかと疑ったというプロデューサーの石川朋子とは、二村自身の子どもの不登校生活を撮ったセルフドキュメンタリー「不登校がやってきた」シリーズ(NHK BS1・2021年~放映)で仕事を共にしている。
二人でYouTubeチャンネルを立ち上げ、二村がほぼひとりで取材・撮影・編集も行い、取材過程を含め動画配信することから始めた。そして2022年、海外セールスも視野に映画制作を決断する。
━━一観客としてこの映画を見るまでは、林眞須美が犯人だと思っていましたが、観終わって考えが揺さぶられました。当時、画期的と喧伝され、有罪の証拠とされたヒ素の科学鑑定をめぐる疑問。唯一の目撃証言のブレなど、フラットな目線での検証と証言の積み重ねで、それまで「犯人」で間違いと思い込んでいたものが揺らぎ、もやもやしだすんです。
私自身も取材の出発点は、冤罪かどうかはわからなかった。
取材するうちにこれは冤罪の可能性が高いかもしれないと、いくつかテレビ局に企画書を出してみたけれど、ぜんぶダメ。それで世に出す方法を検討する中で、映画はどうだろうかと。
ただ、いま冷静になってみると作ることだけを考えていて(劇場で公開する方途には目が向いてなくて)、ぞっとしますけど(笑)。
━━映画として見たときに、街を真下に俯瞰する映像が合間に入るなど、その手法にはスタイリッシュさを感じました。
最終的に、冤罪かどうかを判断するのかは観ている人に委ねたい。考えるための余白を残しておきたいというのもあり、(空撮など)すこし引いた視点の映像を入れています。
━━冤罪の疑いがもたれている事件を検証する映画としては、すでに死刑が執行された「飯塚事件」を扱った『正義の行方』(木寺一孝監督)が話題になっています。インタビューを軸にしている点では本作と共通するとともに、見入ってしまったのは、夫の林健治さんがヒ素を用いて保険金をだまし取っていた事件(詐欺罪で懲役6年の実刑満了)の手口をカメラの前で、ざっくばらんに話していることです。
私がふだんやっているテレビのドキュメンタリーは、インタビューが長いとチャンネルを替えられるので、短くカットするのが常なんですね。
だけど、健治さんに限らず、ここに登場する人たちの話は見聞きしていて、まったく飽きない。この人、どこまで本当のことを言っているのだろうかというのも含め、顔の表情をじっくり見せるだけでも十分伝わるものがあるだろうと思いました。