悪意のないフェイク動画の拡散
SNSの中でも特に世界に10億人超のユーザーがいるティックトック(TikTok)はニセの動画拡散にも大きな役割を果たしています。
たとえばロシア・ウクライナ戦争に関連してロシア国旗とともに投稿された軍用機の離陸シーンのティックトック動画は300万回近い閲覧数ですが、その軍用機自体がそもそもロシアのものではありません。その動画は2017年頃にユーチューブ(YouTube)に投稿された米海軍の展示飛行隊ブルーエンジェルスのビデオに銃声の音が重ねられたものだと判明しています。
そして、これらの動画を広めているのが一般人であり、多くの人はそれらを拡散することに悪意はないとみられます。
ネット上で動画の真偽をわざわざ見極めたうえで拡散する人は少ないでしょう。むしろ一般報道されない画像であればあるほど、むしろ確認せずにすぐに反応してリツーイトするので拡散が多くなるのです。
米ワシントン大学の研究者レイチェル・モランは、ウクライナにおける拡散行為について、ウクライナにおける激しい戦況を前に人々はもどかしさを募らせており、無力感をやわらげたい心理行為が拡散行為に拍車をかけているのだと分析しています。
ウクライナでの爆撃の様子とされた動画は600万回近い閲覧数を記録しましたが、実際は国外で撮られた映像に2020年にレバノンで起きた爆発事故の音声を重ねたものだったとされます。
わが国においても、悪意のない、いやむしろ善意の情報の拡散の例が見受けられます。たとえばコロナ禍において、トイレットペーパーが不足するということがありました。東京大学の鳥海不二夫教授の調査によれば「トイレットペーパーが不足するというのはデマだから騙されないで」というむしろ善意の情報の拡散のほうが急速に広がり、そのためトイレットペーパーを買いだめする人が多くなったとしています。
普通に考えれば、「それはデマだ」という善意の情報がより多く拡散したことにより、トイレットペーパーが不足するとはあまり思わないものです。しかし騙される人が多くいて、もしかしたら不足するかもしれないので「念のために」買っておこうという心理がトイレットペーパーの買い占めを招いたと同教授は分析しています。
文/樋口敬祐 写真/shutterstock