「せめて自分だけは本当に大事な物だけを見つめていこう」
――その後、1990年のアルバム『MOON』からは歌詞のみならずセルフプロデュースも手掛けられています。歌手として活動を続けていくうちに、徐々にアーティストとしてのヴィジョンが深化していったということなんでしょうか。
いやいや、それもただ「やってみれば?」って言われたからで……(笑)。『MOON』は私のひとり語りから始まるんですけど、全体の構成を含めて全部自分で考えました。空想の世界が大好きだったから、物語を作ってみたいという気持ちが強くあったんだと思います。ある扉がひとつあって、また別の扉があって、それぞれが迷宮のような世界に通じているイメージですね。全く違う世界観の曲を並べて、異次元と現実を旅行するようなアルバムにまとめてみようと思ったんです。
――その次のアルバム『LOVE』(1991年)は、昨年アナログ化もされましたね。
ねえ。びっくりですね。
――『LOVE』は、若いDJやリスナーの間でもすごく人気が高いんですよ。ご自身の音楽がそうやって世代を超えて聴き継がれていることについてはどう思いますか?
本当に大事なこと、伝えたいこと、伝えなくちゃいけないことって、実はそんなに多く存在しないし、昔も今も変わらないような気がします。私が何十年も前に出したアルバムをいいと思ってくれる人がいるんだとしたら、時代が違っても心へシンプルに訴えかけるような何かを表現できていたってことなのかなと思います。
最近、中島みゆきさん関連のお仕事をすることが多いんですけど、彼女の音楽がどうしてずっと支持されているのかといえば、やっぱり中島みゆきさん自身がカッコつけず、惨めさとか悲しさまで全部ひっくるめて表現をしているからだと思うんです。その潔さや覚悟って、これからの世の中それがないとやっていけないものというか、皆がそこへ回帰しなければと、うすうす気付き始めているのだと思います。
――なるほど。
今の若い人たちの周りには、昔に比べてすごくたくさんのものやことが溢れかえっているわけですけど、一方で彼らの中で、それに逐一関わっていたらまずいことになるんじゃないかっていう予感も高まってきている気がします。
そういう中で、せめて自分だけは本当に大事なものだけを見つめていこうっていう、一種の危機感みたいなものがあるんじゃないかしら。