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<気づいたら俺は夏だった>と<夏をはじめよう>

水野太貴(以下、水野) 玉置さんには「こういう歌詞を書きたい」というようなモデルやイメージはあるのでしょうか?

玉置周啓(以下、玉置) なんでしょう……自分が書いた歌詞じゃなくて、いちリスナーとして感動した歌詞でいうと、NUMBER GIRLの「透明少女」という曲ですね。<気づいたら 俺は なんとなく夏だった>という一節があって、言語の組み合わせによって、自分の想像を超える景色に連れて行かれたんですよね。

水野 夏という言葉を使った言語の組み合わせなら、僕も類例を出せますよ。

玉置 さすが、すぐ出ますね。

水野 雑誌の「MEN'S NON-NO」を読んでいたら、<爽やかな白シャツで、夏をはじめよう>というコピーが書いてあったんです。でも夏って、人間の意思とは関係なく、勝手に始まるものじゃないですか。

玉置 日本語としておかしい、ってことですか?

水野 非常にレトリカルだなと思って。意味的には不自然なのに、誰しもニュアンスがわかるところがおもしろい。それでいて、「そんな言葉の使い方はおかしい」って怒られるような感じでもなく。むしろ、このコピーでなんとなく気分が上がったりしますよね。僕はサイエンスの人間なので、こういうコピーは絶対に書けないです。

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水野太貴氏
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玉置 <俺は なんとなく夏だった>も<夏をはじめよう>も、張り切って言葉遊びをしているわけではなく、まるでそういう言葉の使い方があったかのように、自然と使われていますよね。僕はそこに感動するんです。

水野 もっと凝った使い方をすると、それはやりにいってる感じが出ちゃいますよね。

玉置 説明的になり過ぎず、詩的にもなり過ぎない。伝達という意味で、言葉としてちゃんと機能している。そういう言語の組み合わせを掘り起こしていきたい、という気持ちはずっとありますね。

水野 広告のコピーライティングにはそういう言葉が多くあるので、広告コピーの本はわりと読むんですけど、興味深いと思った言葉は全部データベースに入れてあるんです。個人的には、非文法的に見える表現が好きですね。

玉置 例えば、どういう?

水野 『ゆる言語学ラジオ』でも扱ったことがあるんですが、1983年の<少しずつ、結婚しようよ。>という有名なコピー。松屋のブライダルフェアのコピーです。

玉置 あぁ、いいですね。

水野 結婚とは離散的なものなので、「少しずつ」というのは厳密にはあり得ない。でもなんか、意味がわかるじゃないですか。同棲を始めるとか、二人で少しずつ結婚に向かっている感覚。

玉置 たしかに結婚って、制度としては、しているかしていないかしかないけれど、現実には「少しずつ結婚」している状況がある。そこに言葉を当てはめることで、生活に光を当てるというか。僕も曲や歌詞にはそういう機能を持たせたいとは思っているんです。言語の組み合わせによって、取りこぼしていた過去を取り戻すようなことができるんじゃないか、っていう。こんな視点あったのか、みたいな新鮮な驚きではなく、これはもともと自分が持っていた視点なんだ、というのを言語によって誘発することができたらいいなって。

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玉置周啓氏

水野 なるほど。普通の人が捉えていない諸相を、言葉なり逸脱した表現の先にイメージさせたい、ということでしょうか。

玉置 難しいな……でも、かっこよく言うと、そういうことです。

水野 もし僕が<少しずつ、結婚しようよ。>的な歌詞を書けと言われたら、やっぱり構造を分解して、段階性のある副詞と、離散的な意味を持つ動詞のペアを大量にリストアップして、1つ1つ組み合わせる、という作業になっちゃいますね。

玉置 再現性のある方法で。

水野 はい。方法論を与えて、それをひたすら。創作とは程遠いでしょう。

玉置 さっきも言いましたけど、それが水野さんにとって幸福なら、いいじゃないですか。考えごとをしないとか、感受性がないとかおっしゃってますけど、夢中になれる瞬間があれば、それでいいと思いますよ。リストアップすることが好きなんだから。

水野 ただ、それゆえの危険もあるんですよね。これは非常に極端な例ですけど、戦争中、夢中になって研究している研究者が、実はとんでもない殺人兵器を開発していた、みたいな話があるじゃないですか。

玉置 あぁ……気づかないうちに。

水野 僕のようなサイエンスの人間は、自分の幸福や夢中の先に、たとえ巨大な悪があったとしても、きっと気づかないんですよね。美学がある人間は悪に手を染めないと思うんですけど、僕には美学がなくて、論理しかないんです。

玉置 たしかにそれはこわいなぁ。