ヤクルト離脱の背景に親会社からの圧力
会長の角富士夫は同日夜、神宮球場で記者会見を行い、「われわれは現状で満足しており、労組が何であるか理解できない」との理由から、脱退することを表明。
同席した前会長の八重樫幸雄も「私のときに(選手会労組への)入会届を出したが、そのときは年俸や年金交渉で、選手側の立場を強くするためということで、ストなどの話はなかった。ストやオールスター戦ボイコットなどが出てくると話が違う。組合の方針などもわれわれのところまで知らされず、いきなりマスコミで公表され、ついていけない」と発言。
これは中畑が機構側との交渉の結果如何においてはオールスターのボイコットも辞さずと発言したことに対しての反応であった。脱退文書は午前中のうちに角会長からホテルで合宿中の中畑にすでに手渡されていた。
内容は「ヤクルトは球団と表裏一体のもので、集団の力を借りて交渉しなくても、われわれの求めるものは常識の線で満たされている。ヤクルト選手会はとりあえず組合入会を辞退し、オールスター戦終了時までにチーム全員の総意をとりまとめたい」とあった。
会見のコメントや文書だけを見ると、ヤクルトの選手たちは現状に満足しており、組合設立の意義自体に懐疑的になったことで自発的な脱退行動に出た、と読み取れる。しかし、実情は違っていた。組合の存在しない親会社からの明らかな圧力があったのだ。
のちにヤクルトの古田敦也会長がスト権を行使して球界再編の危機を乗り切ることになるのだが、この当時は松園尚巳オーナーによる切り崩しに遭っていた。中畑が言う。
「尾花(高夫・ヤクルト投手)がすぐに俺のところに来てくれてね。『すみません。あと三か月待って下さい。絶対に再加入しますから』と言うんだ。松園さんにいろいろと詰められたらしいんだな。『そういうことを許さないために組合はあるんだ。どんどん利用してくれよ』と伝えると尾花は、『わかっています』と言ってくれたよ」
中畑は尾花を信じて、ヤクルト本社から支配下選手たちに圧力がかかっていたことをマスコミにも一切口外せず、ひたすら待った。当時、スワローズの選手は巨人戦で出塁すると、ファーストのポジションにいた中畑から、組合に戻れと説得されるので、早く二塁に行こうと頻繁に盗塁を試みたと言われていたが、それは都市伝説である。
「3か月ではなく、結局6か月かかったけど、尾花は約束をしっかりと履行してくれたよ」