これは土下座か
おいおい、なんだよこれ……。まずは機械を探す。どこだ?グローブボックスにもない。センターコンソールにもない。そりゃそうだ。初めて乗るんだからわかるわけない。ああ、なぜ最初に確認しておかなかったんだろう、と後悔してももう遅い。
それにふと気付いた。僕はお金を一銭も持っていないのだ。持っているのは免許証一枚だけ。僕は無銭飲食をした人みたいなことをやっているのだろうか? 逮捕されるのか? 頭の中はグルグルである。そのうちなにやらスピーカーから女の人の声が聞こえる。
ん?もう一度カードを挿し込んでみてください?だから、その挿し込むものも、挿し込まれるものも見つからねえんだよ!しかも無銭通行なんだよ!早く誰か来てほしい……。
それなのに繰り返されるのはスピーカーから流れる同じフレーズだけ。そして気付けば後ろには2台ほどのクルマが静かに待っている。これは土下座か。それで許してもらえるのか。なにしろこちらは間違いなく時間がかかる。早く出てきて、係員! 自分時間にして30分。本当はほんの数分だったと思うが、この時間の長く感じたことといったら……。
結論から言えば、撮影車両からようやくスタッフがカードを持って降りてきて事なきを得た。遅い! 遅すぎる! 寿命は2年と3か月は縮まったぞ! と心の中で叫びながらとぼとぼとゲートを出た。
そして気付いた。この様子はすべて撮影されている。僕はドアを開けたり閉めたり足を出したり引っ込めたり、不審者みたいな行動をしていたはずだ。いったいどんなだ?この世のものとは思えないような焦った顔もしていたはず。こればかりは流出しないようにしなくちゃ、と思った。
文/松任谷正隆
写真/shutterstock