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「10月7日以降、ほとんど眠れていない」

北部ガザ市出身のカリマンさん(27歳)は10月13日早朝、家族と一緒に同地区の南部に逃れた。避難するのに与えられた猶予は24時間。深夜3時に移動命令が発令し、急いで荷物をまとめた。南部のどこへ行くべきか考える余裕もなく、車に乗り込み移動を始めたという。だが、避難する車列を標的とした攻撃も起き、パレスチナ側の発表によると約70人が死亡している。

「家をあとにするとき、『ここにもう一度帰ってくることはできるのだろうか。また平和な日々をここで過ごすことはできるのだろうか』と考えた」とカリマンさんは振り返る。

移動初日は泊まる場所もなく、家族が所有していた住居の庭で身を寄せ合い、一夜を過ごした。その後、空き家になったアパートの一室を見つけ、家族や親族でその部屋に避難した。その2LDKの部屋で、2歳から12歳の子ども16人と高齢者5人を含む52人が寝食を共にしている。

カリマンさんの避難先のアパート内
カリマンさんの避難先のアパート内
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2部屋を男女で分け、子どもはリビングで寝る。女性たちがヒジャブ(イスラム教徒の女性が頭を隠すスカーフ)を外せるのは、日中に男性たちが外に出ている間のみだ。夜間に突然攻撃を受けて逃げ出さなければならないこともあるため、寝ている間も頭にヒジャブを巻いているという。

2LDKの狭い空間の中で52人が共同生活をしている
2LDKの狭い空間の中で52人が共同生活をしている

「食糧も水も燃料も底をついている。幸い私たち家族は顔が広く、周囲に支援を要請することができているが、それができない家族も大勢いる。そうした人は、住む場所も食べる場所もなく、ただ怯えながら日々を過ごしている」

避難場所の数も足りておらず、病院や学校で寝泊まりする人も多い。だが17日にはガザ地区北部の病院が爆破され、少なくとも500人が死亡した。安全といえる場所はなく、行き場を失って屋外で寝泊まりする人も多い。

「10月7日以降、ほとんど眠れていない。次は自分が攻撃に遭うのではないかという恐怖と不安、友人や家族を失った喪失感、そしてイスラエル軍への怒り。小さいころから慣れ親しんだ場所が次々と破壊され、街の様子は180度変わってしまった。さまざまな感情で頭がいっぱいになり、体はずっと硬直している」