「好きな時間」をくれる
最近はどんどん女性誌が休刊してしまい寂しいかぎりですが、若い人向けの女性誌のインタビューを受けると、「毎日、やりがいのない仕事ばかりしている」という類いの悩み相談への答えを求められることがたびたびあります。そういう時に私は、
「地道に仕事を続けていられるということは、それだけでとても素晴らしいこと。日々の仕事があなたを確実に成長させてくれていますよ」と答えるようにしています。
きれい事ばかり言って……。そう思う人や、あるいは、「結局ハヤシさんは作家という自分の好きな仕事をやれているんだから、つまらない仕事をしている人に何を言っても説得力ない」と、しらけてしまう人もいるでしょう。
私がたびたび引用する言葉、「好きな仕事に就けるということは、人生の幸せの8割を得たということ」
これは本当にその通りだと思います。仕事には「お金を得られる」と「生きがいを得られる」という2つの利点がありますが、その2つとも得られている人はほんのひと握り。私もありがたいことにその一人です。
好きな仕事に就くためにはどんな努力も惜しまない方がいい。しかし、かなわないことの方が圧倒的に多いのも事実です。
生きていくため、お金を稼ぐために仕事をするのは、呼吸をするように当たり前のこと。最近では定年後だってイヤでも働かなくてはならない人もたくさんいます。
もし、自分はつまらない仕事をしているが、もう好きな仕事に転職するなどの打開策はないと確信しているのなら、仕事はお金を稼ぐ手段としてパッと割り切って考えることも、人生を面白くするためには大事なことかと思います。
私はどこにも就職できないまま大学を卒業した後、アルバイトをして食いつないでいた時期がありました。
仕事が5時で終わった後、大判焼き屋さんで大判焼きを2個買って、その隣の貸本屋さんで剣豪小説や『オール讀物』を借りてアパートに帰ります。アパートはトイレ共同、風呂なしの4畳半でしたが、パジャマに着替えて、大判焼きを頬張りながら好きな本にどっぷりと浸かる至福といったら……それは最高のストレス解消でもあり、間違いなく幸せな時間だったのです。
「きっかり5時で終わる仕事とは、自分の好きな時間をくれる仕事なんだ」そう思ったら、つまらない仕事をつまらないとは思わなくなりました。
「お金を稼ぐ手段」と言ってしまうとストレートすぎてあまりに情緒がないですが、「好きな時間をくれる仕事」と思ってみる。それも人生を面白がるための一つの大事な才能だと思います。
「力を持っている人は誰かを口説いてはいけない」
初対面の人の心をどうひらくか 愛は惜しみなく
文/林真理子
写真/shutterstock