集団化することは回避できない人間の本能
──ネットニュースのコメント欄を読むと、メディアを批判する割に、ニュースを信じている人が多いという印象もあります。
最近はあまり見なくなったけど「マスゴミ」って言葉をネットで使う人いるじゃないですか。仮に日本のメディアがゴミのレベルならば、それは自分も含めて社会のレベルがゴミだということです。だって、メディアは社会のニーズに応えているわけだから。さっきの朝日新聞や産経新聞と同じように、みんな営利企業なので当たり前です。
映画でも同じことが言えると思います。僕は『福田村事件』の企画を大手の映画会社に持って行ったら、「別の企画ないですか」と言われました。その理由は、これは推測だけど、リスクが大きいと思われたことに加え、この企画では観客動員が期待できないと彼らが思ったから。
それは間違いじゃないです。だって映画も社会の合わせ鏡なわけですから。なんで日本の映画がこんな体たらくなのかというと、社会がそんな体たらくだからだと思います。
──監督は過去のインタビューで「日本は同調圧力が強い社会だから、世界で最もベストセラーが生まれやすい」とおっしゃっているのが印象的でした。
数量的な根拠はないけれど、外国のジャーナリストにそう言われました。でも指摘されたら確かに、「みんなが見るから私も見る」「みんなが読むから僕も読む」という衝動がとても強い国だな、と思います。
──それでも監督が作品を作り続けるのは?
何よりも映画が好きだから。観ることも作ることも。これに尽きます。まあ無理やりに付け加えれば、100%絶望していないし、きっかけさえあれば、日本社会だって変わるかもしれないと思っているからです。
そのためには、やっぱり失敗体験から目を背けてはいけないと思います。『福田村事件』は自虐史観だと言われかねないけど、人間に置き換えればいいんですよ。失敗とか挫折とか失恋とかを全部忘れて、一流大学に合格したとか成功体験ばかり記憶している人とは口も利きたくないですよね。この国はそうなりかけていると思います。
──社会が変わるきっかけを投げ続けている?
んー、でもあくまで『福田村事件』はエンタメですから。もちろん、エンタメっておもしろおかしいものだけではありませんよね。いろんなエンタメがある中のひとつとしては、おもしろい作品になったと思います。
集団化することは人間の本能です。これは回避できませんし、すべての集団から離脱しようと思っても無理です。でも、集団でこんな間違いを犯した過去があるという意識を持つだけでも、ずいぶん違うと思っています。
──監督の今後についてもお聞かせください。次の作品の構想は?
まだ内容は公にできませんが、1本ドキュメンタリーを作っています。コロナで中断しましたが、もう一度始動させようと、何人かで動いています。
あとはホラー映画も作りたいんです。びっくりとか恐怖って、人の心を揺り動かす基盤だと思っていて。映画の醍醐味はホラーだと思っているし、作る側の創意工夫もいろいろ試せるジャンルだと思っています。
──監督が好きなホラー映画は?
スタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』(1980)。別格です。お化けが怖いとかそういうことではなく、小説家を演じたジャック・ニコルソンが、タイプライターで「All work and no play makes Jack a dull boy」しか書いていなかったとわかった瞬間の、あの怖さ。
ああいうハイレベルなホラーを描きたいと思っています。僕がホラーを撮りたいと言っても、みんな本気にしてくれないですけどね(笑)。
取材・文/松山梢
森達也氏撮影/石田壮一
劇中写真/©️「福田村事件」プロジェクト2023
『福田村事件』(2023)上映時間:2時間17分/日本
配給:太秦
©️「福田村事件」プロジェクト2023
公式サイト:https://www.fukudamura1923.jp
朝鮮で日本軍による虐殺事件を目撃した澤田智一(井浦新)は、妻の静子(田中麗奈)を連れ、智一が教師をしていた日本統治下の京城を離れ、故郷の福田村に帰ってきた。同じ頃、沼部新助(永山瑛太)率いる薬売りの行商団は、関東地方へ向かうため四国の讃岐を出発する。長閑な日々を打ち破るかのように、9月1日、空前絶後の揺れが関東地方を襲った。そんな中でいつしか流言飛語が飛び交い、福田村にも避難民から「朝鮮人が集団で襲ってくる」「朝鮮人が略奪や放火をした」との情報がもたらされ、疑心暗鬼に陥った人々は恐怖に浮足立つ。そして9月6日、偶然と不安、恐怖が折り重なり、後に歴史に葬られることとなる大事件が起きる……。