大臣が国防を自身の会社にアウトソーシング

こうしたニッチな軍事ビジネスを請け負う民間軍事会社はロシア国内に複数存在する。ロシアは法律上、民間軍事会社を認めていない。しかし、現実にはワグネルを筆頭に37社の民間軍事会社がある。

たとえば、「パトリオット」という傭兵会社はなんと国防大臣のショイグ氏が創設したという。その意味することは、現役の国防大臣が自分の会社に陰の軍事・警備などの仕事を「アウトソーシング」するということだ。

民間軍事会社を「活用」する利点は先にも指摘した通り、ロシア政府が認めたくない国外での軍事行動や干渉をごまかせることにある。英語圏ではこうした国家の行為を”plausible deniability” (もっともらしい否認、つまり、尻尾を掴まれない逃げ道)という表現で呼んでいる。ロシアではこの逃げ道を確保するために民間軍事会社は法的に存在していないことになっており、その建前と本音の挟間にプーチンとプリゴジンの特別な朋友関係が築かれてきたのだ。

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ところが、ウクライナ戦争でこの逃げ道が通用しなくなってしまった。日陰の存在であるはずのワグネルがロシア軍進撃の重要な駒として、表舞台に登場したためだ。大統領選を控えて兵士の本格的動員に踏み切れないプーチン大統領にとって、ワグネルが擁する傭兵集団は貴重な戦力となる。

ウクライナ戦争でのワグネルは従来の退役エリート部隊などの経験者ではなく、「半年生き延びれば出所できる」といった契約で入隊した囚人たちが7割を占める素人兵士の集団にすぎない。しかし、「大砲の餌食」といわれる肉弾戦でおびただしい戦死者を出しても政府軍ではないため、公式な戦死者統計にカウントせずにすむ。プーチン大統領にとってこれほど都合のよい戦力はない。

注目すべきは今回の「プーチンの戦争」で、日ごろは水面下で活動するワグネルがバフムト攻略など、ロシア軍にとって数少ない戦果をあげたため、ロシア国民から一定の支持と人気を得たことだ。

プリゴジン氏の反乱のシナリオは、この人気に乗じて犬猿のショイグ国防相やゲラシモフ参謀総長らを拘束し、6月に国防省が出した「傭兵は全員、軍と正式契約すべし」という命令を取り消させることだったと目されている。傭兵と正規軍が一体化すれば、ワグネルは完全に軍の統制下に入ることになり、プリゴジン氏の権力基盤は消滅しかねない。

プリゴジン氏はプーチン大統領との長年に渡る特別な関係を考えれば、反乱を起こしても守ってくれると信じて賭けに出たのではないか――。それが私の見立てだ。

ロシア軍中枢にも反主流・改革派のスロビキン前総司令官ら、反乱に同調してくれる勢力がいたことは確かだ。しかし、計画は途中で情報当局に把握され、プーチン大統領はプリゴジン氏を切った形になってしまった。現に国営メディアは「北のクレムリン」といわれるプリゴジン宮殿のガサ入れの様子などを伝え始め、同氏の社会的暗殺を狙っているようにみえる。