さらっとしたルウを楽しむカレー

立ちくらみがしそうに暑いある日。
母の病院の付き添いのかえりにまだ未訪だった「勝沼亭」。同名の西麻布のフレンチレストランが2017年にカレー専門店として鎌倉で復活したのがここだ。由比ヶ浜の駅から徒歩十五歩くらいに位置している。クラシックな佇まいの外観はカレー専門店というより、客層の良いビストロといった印象である。こじんまりとした店内も同様の雰囲気。壁には、1974年4月のJAPAN TIMESの記事が飾ってある。西麻布の勝沼亭が初めて掲載されたものだとか。

酷暑の夏。甘糟りり子が生き残るために始めた“スパイス”活動、鎌倉にてカレー三昧の日々_8
代表的メニューのポークカレー
代表的メニューのポークカレー

ライスを小盛りで代表的メニューのポークカレーを注文。羅臼昆布の出汁を使っているというカレーはあっさりと品がいい。当然のことながらスパイスが強調されたものではなく、さらっとしたルウを楽しむカレー。89歳の母もおいしく食べられた。

ラッシーが救いの神になる辛さ

やけになりそうなぐらい暑いある日。

ジムの帰りに「旧ヤム邸」。大阪が本店のこちらはスパイスカレーのブームに火付け役的存在だとか。大阪に3店舗、都内にも3店舗ある。鎌倉店は古い日本家屋が使われており、由比ヶ浜通り沿いにある。大仏からも長谷観音からも歩いて数分というロケーション。
鎌倉はきちんと作られた古い家が住む人がいなくて朽ちていき、結局取り壊されることが少なくない。こうして店舗として利用されているとほっとする。

古い日本家屋が使われている由比ヶ浜通り沿いの鎌倉店
古い日本家屋が使われている由比ヶ浜通り沿いの鎌倉店

そばちょこに入った月替りのスープカレーにキーマカレーがセットになるスタイル。色とりどりの野菜が添えられていて映える一皿。日本家屋と相まって女子受けしそうだなーなどと油断していたら、けっこう辛い。いや、かなり辛い。ラッシーが救いの神に思えた。

奥のテーブルには小学校低学年と思しき女の子と両親らしき男女がカレーを食べていた。時々女性が何かを尋ねると、その都度「大丈夫っ」と元気よく返事している。多分、辛くないか確認されているのだろう。
お会計の際、スタッフに小さな女の子も同じメニューだったのかを尋ねると、子供向けのカレーは用意がないそう。「元気よく、おいしかったです!といってくれたんですよ」とのこと。
将来有望だ。両親の外食について行きたがり、大人の食べるものに興味津々だった昔の自分を見たような気がする。

見た目とは裏腹にかなり辛い
見た目とは裏腹にかなり辛い

そして、この夏、絶対に食べようと思っているのは、「露座」のカレー蕎麦。大仏近くのビルの2階で鎌倉出身の男性が営む、かなり本気度の高いスパイスの店だ。販売機で食券を買うスタイルもおもしろい。ふだんはカレーのみだけれど予約して頼んでおけば、インドの混ぜご飯「ビリヤニ」も可能。

私は、ここで初めてビリヤニを食べ、折り重なるようにやってくるさまざまなスパイスの味わいに圧倒された。スパイス・ハイボールなんていうものがあるかと思えば、朝営業もやっていたり、スパイスという縦軸に自由自在が絡まっている感じなのだ。どれぐらい自由かというと夏限定で冷たいカレー蕎麦があるぐらい。

インドの混ぜご飯「ビリヤニ」
インドの混ぜご飯「ビリヤニ」
折り重なるようにやってくるさまざまなスパイスの味わいに圧倒される
折り重なるようにやってくるさまざまなスパイスの味わいに圧倒される
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カレー蕎麦をあてにスパイスハイボールを予定しているのだけれど、そんなことしたらその日は原稿も家事もできなくなりそう。ま、いっか。

だって毎日暑過ぎるんだもん。

写真・文/甘糟りり子

鎌倉だから、おいしい。
甘糟りり子
100種類近いアラカルトを好きなように楽しめるオステリア…究極の普段使いのレストラン「コマチーナ」_10
2020年4月3日発売
1,650円(税込)
四六判/192ページ
ISBN:978-4-08-788037-3

この本を手にとってくださって、ありがとう。
でも、もし、あなたが鎌倉の飲食店のガイドブックを探しているのなら、
ごめんなさい。これは、そういう本ではありません。(著者まえがきより抜粋)

幼少期から鎌倉で育ち、今なお住み続ける著者が、愛し、慈しみ、ともに過ごしてきたともいえる、鎌倉の珠玉の美味を語るエッセイ集。
お屋敷街に佇む未来の老舗(イチリンハナレ)、自営の畑を持つ野菜のビーン・トゥー・バー(オステリア・ジョイア)、カレーもいいけれど私はビーフサラダ(珊瑚礁 本店)、今はなき丸山亭の流れをくむ一軒(ブラッスリー・シェ・アキ)、かつての鎌倉文士に想いを馳せながら(天ぷら ひろみ)……ガイドブックやグルメサイトでは絶対にわからない、鎌倉育ちだから知っているおいしさと魅力に出会える1冊。
素材が豪華ならいいというものでもない、店の内装もまた味わいの一端を担うもの、いいバーとバーテンダーに出会う喜び……著者自身の思い出や実体験とともに語られる鎌倉のおいしいものたちは、自然と「いい店」「いい味」ってこういうことなんだな、という読後感をくれる。
版画のように精緻なタッチで描かれた阿部伸二によるイラストも美しく、まさに読んでおいしい、これまでなかった大人のための鎌倉グルメエッセイ。
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