原宿から鎌倉に移住してきた二人が始めた喫茶ギャラリー
銭洗弁天や佐助稲荷神社がある佐助は鎌倉の古い街並みが残る地域。目抜通りは観光客が多いが、落ち着いた雰囲気の住宅地だ。目抜通りのクラシックな洋館「青葉寮」の角を曲がった先の、ゆるやかな坂道に「アピスとドライブ」はある。
ここは原宿から鎌倉に移住してきたコピーライターとアートディレクターの夫婦が「純粋によいと思えるもの」「手仕事に共感したもの」を集めたセレクトショップ兼喫茶ギャラリー。二人のこだわりを集めた空間などというと何やら大げさに聞こえるが、そのこだわり方の肩の力が抜けていて居心地がいい。供される器はもちろんコップもカトラリーも、壁の材質も、飾られている草花も、お化粧室の鏡や石鹸も、隅々までセンスがいい。
店の手前が物販、奥が喫茶スペースになっており、ガラス扉の向こうには庭そして竹林が広がる。この店のほど近くに母の友人の家があって、そこのお宅も庭の向こうは広い竹林だ。毎年春になると筍を掘らせてもらうが、ここの筍が一番おいしいので、きっと「アピストライブ」の筍もおいしいに違いない、なんてことを考えながら席に着く。
座るとまずお水か白湯かを聞かれ、私は必ず白湯を選ぶ。聞き耳を立ててみれば、他の客もほとんど白湯と答えている。白湯のやわらかな感触で舌も味覚もリセットされ、お湯ってこんなにおいしかったっけ?と口にする度に思う。
私の一押しのメニューは「デニッシュあんトースト」だ。さくさくした食感のデニッシュに甘すぎない粒あんがたっぷり塗られ、上からふんわりと生クリームがかけられている。生クリームが溶けないうちに急いで食べなければならないのが、返って楽しい。
最近よく見かけるあんバタートーストは「あんとバターとトーストを別々に食べている感じがして」、これを思いついたという。デニッシュを探しに探し、試行錯誤してレシピが誕生したそう。あくまでも軽さを追求した「デニッシュあんトースト」は、ありそうでなかなかない。
私はしっかりあんこやバターを噛み締めるあんバタートーストも好きだけれど、これには真逆の醍醐味がある。
九州の湯布院で焙煎されたというコーヒーは取手のない生成り色のカップで供される。鈴木環さんのピジョンカップという器で、手のひらですっぽり包み込むのにちょうどいい大きさと形である。コーヒーの味わいが先に出された白湯と同じようにやわらかなのは、焙煎や淹れ方だけでなく、この器の効果もあるように思う。
コーヒーを味わいながら、見上げてみると吹き抜けの壁には天窓からの陽光が長方形に映し出されている。それが時々かすかに揺れたりするのを眺めていると、心がほどけてくる。鎌倉らしい時間の過ごし方だなあと思う。