ファーストヴィンテージにまつわる
ドラマのような物語

年末の瓶詰めは手伝えなかったが、そこからさらに寝かせること半年。2023年6月、ついにドメーヌナツメによる「鎌倉ワイン」のファースト・ヴィンテージを味わった。渋味とか苦味とか酸味とか甘さとか芳醇さとかそういうことを飛び越えて、私の舌には「達成感」という味わいが染み渡り、脳裏には小さな葡萄の実に吸い寄せられる蜂たちの姿が浮かんだ。

夏目さんはワインには樽の香りは必要ないという考えで、鎌倉ワイナリーではエッグ・タンクを使用している。内側がコンクリートになっているもので、木製タンクとステンレス・タンクの利点を合わせ持つといわれているらしい。しかし、このカベルネフランのファーストヴィンテージは木製の樽で醸造された。これにはドラマのような物語がある。

「達成感」という味わいが染み渡ったファーストヴィンテージ
「達成感」という味わいが染み渡ったファーストヴィンテージ

前年の晩秋、白人の老夫婦と若い男性がふらりとワイナリーにやってきた。どうやら旅行者のようだった。老紳士のハンチングにバブアーのオールドコートという服装。見覚えのある顔。夏目さんはピンときた。その日のグラスワインの銘柄は「ルイジャド」だったが、紳士はそれを見て意味ありげに笑いながら「ルイジャドか」と呟いた。そこで、夏目さんは、この紳士がロマネコンティのオーナーだと確信したという。
ご存知の方は多いと思うが、ロマネコンティとは「世界で最も高値で取引されるワイン」として知られるトップ・オブ・ザ・トップ。ルイジャドは、そこまでではないかもしれないが、いわばライバルの銘柄である。

夏目さんは意を決して、自己紹介をし、2000年にブルゴーニュで会ったことがあると伝え、「私の作った鎌倉のピノ・ノワールを飲んでほしい」とグラスを差し出した。紳士は、いや、ロマネコンティのオーナーは、香りを嗅ぎ、口に含むと、背後の醸造所を見ながらいろいろと質問をしてきた。
そして、「醸造家として一番大切なのは収穫時期だ。それから、樽を使った方がいい」というアドヴァイスをくれた。ここには、本当に偶然だそうだが、タンクだけなく、DRC(ロマネコンティの会社)で使っているものと同じ樽もある。それを伝えると、「どこでそれを手に入れた?」と驚き、「ぜひ、その樽を使うべきだ」と強い口調でいった。鎌倉ワイナリーがファーストヴィンテージの醸造に樽を使ったのはいうまでもない。帰り際、二人は握手をした。

店を出ると、大富豪である彼らはリムジンに乗るわけでもなく、ゆっくりと長谷寺方面に歩いて行った。ワイン愛好家にしてみれば神様のような人たちが歩いているのに、観光客が誰一人として気がつかない。
夏目さんは「鎌倉ってすごいな」と思わずつぶやいてしまったそうだ。開業したばかりの極東のワイナリーにふらりとロマネコンティのオーナーがやってくるなんて。もし私が、こんなあらすじを小説で書いたら「出来過ぎてる」といって没にされるだろう。

鎌倉ワイナリーのタンク
鎌倉ワイナリーのタンク