農業の大変さを身をもって知った

2022年の9月の終わり、いよいよ葡萄の収穫となった。
「運動靴、水筒、タオル、虫除けスプレーを持参してください。靴には泥避けの使い捨てビニールカバーを差し上げます。剪定鋏はこちらで準備します」というメッセージを受け取った。残暑の厳しい日だった。私は日焼け止めを入念に塗りキャップを被って、軍手も持参して関谷の畑に向かった。

畑には私の背丈より少し低いぐらいの葡萄の木が広がっており、そこらじゅうで蜂が音をたてて飛び交っている。刺されたことのある私がビビっていると、夏目さんがいった。
「蜂が目指しているのは葡萄です。人間になんて興味ないから大丈夫ですよ。それぐらい葡萄は甘いんです」

私が担当したのは赤ワイン用にカベルネフランという品種。葡萄の果実の部分だけを切って箱に放り込んでいくのだが、食べる葡萄と違って、ごく小粒。ブル―ベリーぐらいの大きさだ。ワイン用の場合、葡萄の実でなく皮の旨味がワインの味を形成するゆえに、小さい時期の葡萄を使うそう。

葡萄の高さに合わせるとずっと中腰で作業しなければならない。やー、キツかったあ。最初こそ蜂が怖かったが、すぐにそんな余裕はなくなった。小粒の葡萄が目の前に次々と飛び込んでくるような、といったらいいだろうか。小一時間で汗だくのくたくた。農業の大変さを、文字通り身を持って知った。もう、ワインを絶対に残しません。いや、残せません。

葡萄の果実の部分だけを切って箱に放り込んでいく
葡萄の果実の部分だけを切って箱に放り込んでいく

その翌週はタンク詰の手伝いをした。今度は畑でなくて醸造所である。ワインバーの隣の、がらんとしていた空間にはワインを寝かせるための巨大なタンクがいくつも設置され、すっかり「ワイナリー」となっていた。ボルドーのワイナリーで人々が足で葡萄を踏み潰していく動画を見たことがあって、ワイン作りといったらそれがイメージだったが、今時彼の地でもそんなことはしないそう。そりゃあ、衛生的にどうかと思うよね。

私たちはビニール手袋をして次々と葡萄を潰した。驚いたのは、由比ヶ浜通りという鎌倉では都会といっていいこの場所まで、蜂たちがやってきたこと。潰されていく葡萄の甘い香りに群がっていた。無事、タンクに収められ、手伝いの人たちみんなシャンパーニュが振る舞われた。銘柄は……忘れちゃった。
 

鎌倉産の葡萄でワインをつくるなんて無謀な試みを応援せずにはいられようか…「鎌倉ワイナリー」を訪ねて_3
ビニール手袋をして次々と収穫した葡萄を潰した
ビニール手袋をして次々と収穫した葡萄を潰した

併設のカフェ、ドメーヌナツメは、夏目さんとパートナーの昌子さんで営んでいる(ナツメマサコさんですね)。昌子さんはコルドンブルーを卒業されたお菓子作りのプロ。ワインショップでは彼女の作ったクッキーなどが売られている。
秋も深まった頃には、私たちが収穫した葡萄の酵母を使ったパンが販売された。ドライフルーツやマカデミアアナッツなどが入ったハードタイプで、これが本当においしかった。厚めに切ってバターをたっぷりつけるだけで味わったが、もうやめられない止まらない。自分が摘んだ葡萄うんぬんはすっかり忘れてかぶりついた。