私服をハサミで切り刻まれて落書きされた
イジメはそこからどんどんエスカレートした。
「そこで自分が犯人と気付かれたのが気に食わなかったんでしょうね、イジメはどんどんひどくなりました。印象に残ってることから言うと、習字の授業のために、汚れてもいい服に着替えている最中に、ランドセルと習字道具がロッカーに瞬間接着剤で貼り付けられてしまったんです。必死にはがしていたら、担任が『そうまでして授業を受けたくないの?』と注意してきて、それを見た土岐たちがゲラゲラ笑ってるんですよ。
私は泣き出してどうしようもなくなって、着替えて保健室に行こうと思ったら、元々着てきた私服もハサミで切り刻まれて、落書きまでされてたんです。泣きながら家に帰ったら母親も異変に気づきました。担任が頼りにならないので、後日、隣のクラスの先生に相談して、その先生が土岐たちを問いつめたら『私たちがやりました』って白状したんです。職員会議でそのことが取り上げられたこともあったらしいけど、当時は今ほどイジメが問題視されていない時代だったので、そのまま解決に導かれることはありませんでした」
学校で教員たちが放置したイジメは、その後、さらに激しさを増していった。
「今の生活にも支障をきたしているようなイジメが5年の夏にもありました。プールの授業がある日に、土岐たち6人に教室の真ん中で羽交い締めにされて、『プールあるから着替えさせないと』と男子もいる前で服を剥ぎ取られたんです。クラスメイトも見て見ぬ振りをして教室から逃げ出すなど、誰も助けてくれない状況もトラウマになって、そのまま不登校になって夏休み明けまで学校に行けませんでした。それからいまだに更衣室などで着替えをしようとすると、呼吸が苦しくなってしまうんです」
激しさを伴ったイジメは日常化し、小学校卒業までの2年間、止むことがなかった。
「日常的なイジメだと、上履きが隠されるどころか学校の敷地外に置かれてたりとか、ランドセルの中身の教科書や筆箱が雑木林に捨てられたりとか、物がなくなるのは当たり前でした。
給食の時間も地獄でした。担任が給食は全部食べなさというタイプだったこともあり、土岐のグループの残飯をトイレで無理やり食べさせられてました。そのせいで過食症になり、2週間で16キロも太りました。コッペパンとか給食でよく出ていたメニューは今でも食べられないし、過食症もまだ治っていません」
特に理由もなく、髪を引っ張られたり、体を殴られるなどの暴力も日常茶飯事だった。土岐容疑者らのイジメグループは、鈴木さんが嫌がったりする反応を楽しんでいたようだ。