「この瞬間を待っていたんだ」
全日本選手権でも快進撃は続いた。SPで74.70点、1位の坂本に僅差の2位と絶好のスタートを切った後、フリーでも145.23点で総合も2位。全日本自己最高位の準優勝となった。
シーズンを通した成長で、安定感が増していた。
「足が重たくて。歩いていても、何もないところでつまずきそうになるほどで。これは、やばいなって」
全日本を前に三原はそう明かしていたが、力を振りしぼれる動機が彼女特有だった。
「一番上の座席までお客さまが入ってくれていて。自分の名前がコールされたとき、見たことがない数のバナー(横断幕)が振られていました。
そのとき、この瞬間を自分は待っていたんだって思って。絶対にいい演技をしたいって思いました」
力を出し切るのは、簡単なことではない。持ち味を出せない選手がほとんどである。彼女は苦しくなったときこそ、より輝くのだ。
例えば全日本のフリーでも、セカンドに3回転トーループをつける予定だった1本目のルッツが単発になったが、動揺するよりも「後半勝負」と火がついた。
2本目のルッツのセカンドに3回転トーループを入れ、最後のループに2回転トーループ、2回転ループをつけた。機転を利かせたリカバリーだった。
「ファイナルでは、最後のループをミスしたのが悔しくて。同じクラブで練習している友達に『今回は絶対に跳ぶから!』って言っていました。だから跳べてよかったです。
(北京五輪出場を逃した)昨季ほどのどん底はもうないと思うから……自分の中でいいほうに考えて、細かいところまで意識して滑れました」
小柄な三原が、氷上では大きく映った。
そして集大成が、世界選手権のSPかもしれない。人間讃歌のような『戦場のメリークリスマス』に人生を込めた。
「年明け以降の試合は、自分の中でいっぱい、いっぱいやって。足が震えるほど緊張して、最後まで滑れるかなって不安もあったんですが」
三原はそう語ったが、神がかっていた。鍛え上げた刀がきらめきを放つように、人生を懸けた渾身が伝わってきた。
「声援に背中をグッて押してもらって。最後のポーズのところ、グラッとならないように『止まって!』って思いながら。何回も滑ってきて、今回が一番、心マックスで込められたと思います。
自分が前に進むことができたのは、たくさんの人のおかげなので、その感謝を少しでも伝えられたらって。感謝しながら滑れたのがうれしくて、最後はウルウルしながら」
彼女がまとう空気は温かく、優しい。求道的精神で自らを追い込み、その苦しさを外側に見せないのである。
中野コーチが「(三原は)足が痛かった。最後まで滑れてよかったね、という感じです。不調だったので、最後まで彼女なりに頑張りました」と明かした。
三原は極力、言い訳のような言葉を口に出したがらない。
そしてシーズン最後の世界国別対抗戦も、体調が万全ではなかっただろう。しかし、SPは苦しみながらも大きなミスなく、気力でまとめた。フリーは、3回転・3回転のコンビネーションや3連続ジャンプを降り、最後のループで転倒したが、果敢に挑んだ。
「ループは得意なジャンプなので(転倒は)悔しくて。空中でゆがんでいるのがわかって、いつもなら抜けていたところ、何が何でも(体の軸を)締めてチャレンジしようって。チャレンジ自体はよかったし、次につながると信じて……」
彼女は挑み続ける。来季も、その姿勢を貫くだろう。一瞬一瞬が、彼女のスケート人生の象徴だ。
「氷に乗って、バナーを見ると疲れも吹き飛ぶというか。幸せな気持ちにしてもらえます。『応援しています』『元気をもらえます』と言われるのが、どれだけうれしいか。その方々に少しでも届くような演技をしたいな、と」
彼女はリンクに立つたび、強くなる。その渾身こそ、精霊の正体だ。
文/小宮良之
写真/AFLO