ライスワークからライフワークへ
――やめたいと思ったことはないんですか?
それは全然ないです。しんどいことはたくさんありましたけど(笑)。
――“しんどいこと”とは、例えばどんなことでしょう?
創刊第1号を出しても反応が何もないなど、立ち上げの頃は苦しかったです。ひとりでやっていた孤独感もあったし、先が見えない不安からうつに近いような感じでした。その時に、受刑者支援を行っているN P O法人「ほんにかえるプロジェクト」の汪(ワン)さんという方がいるんですけど、「うちの会報誌と一緒に受刑者に配ってあげるよ」と協力していただけて。そこから少しずつ手応えを感じるようになりました。
――創刊当初は、三宅さんひとりで求人誌を作っていたそうですね。
デザインは外注していましたが、それ以外はひとりでした。創刊は2018年の春ですけど、実はその数ヶ月前に資金がショートしたんですよ。有料職業紹介事業として事務所を借りていたんですけど、家賃も払えなくなって。
ただ、求人誌のアイデアは2017年からあったので、既にプレスリリースも出していました。でも求人誌なんて作ったことないし、できる気がしなくて、そこから何ヶ月も保留状態でした。それで有料職業紹介事業を廃業しなきゃいけなくなったときに、やっと腹をくくれたんです。この会社で食っていこうと思うから苦しいんだ、だったら全然関係ないところで収入を得ればいいと気づいたんですね。納棺師として独立すると決めて、これで求人誌を出せるじゃん!と。なんか光がピッカーンって見えた感じでした(笑)。
#2「幾つになってもやり直せるのは本当か?犯罪者たちの就職のハードル」はこちら
取材・文/釣本知子 撮影/惠原祐二