父が遺体で見つかったマンションを転売

祖父は質素だったが、プライドは高かった。不動産関係者が続ける。

「そもそも奥様のご実家が京都でも有名な大手の不動産屋さんで、お祖父さんは銀行員として出入りしていたところ『お前できるなあ。うちの娘と結婚しろ』と半ば強引に婿入りさせられ、不動産業にも足を突っ込んだ。ただ、もともと資産家でないこともあり、家族の中では悔しい思いをしたこともあったようです。それで会社を辞めて家を飛び出し、奥さんと二人で借家で生活を始めた。お祖父さんは必死で働き、奥さんも内職しながらそれを支えた」

二人の娘たる叔母は、その姿をずっと見て育ったため、必要以上の贅沢を嫌い「受け継いだ資産をきちっと守って代々受け継いでいくことが私の役目なんだ」と普段から親しい人たちに打ち明けていたそうだ。

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宮本容疑者が経営していたお茶屋「弘庵」(撮影・集英社オンライン)
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一方の息子(一希の父親)は父の資産を目当てに近寄ってくる連中に儲け話を持ちかけられては騙されるようなことを繰り返し、創業者の信を失った。

「お祖父さんは『息子に継がすと全部なくしてしまう。あいつにはある程度の額だけ残しておけばいいから』と娘を信頼し、2007年に亡くなったあとは不動産会社を娘に引き継いだ。すると、インバウンド需要の高まりとホテル不足に目を付け、不動産取引を繰り返して、お嬢さんは大きな利益を出した。子供がおらず、小さいころから可愛がっていた甥の一希くんにお茶屋をやらせたのもお嬢さんの才覚だし、『弘庵』という屋号も、お祖父さんの名前から一文字拝借するなど、創業者に対する敬愛の念が込められています」(前出・不動産関係者)

しかし、しっかり者の女性後継者は突然倒れ、動けなくなり、しゃべることも意志を伝えることもできなくなった。それから半年も経たないうちに宮本容疑者は、父が遺体で見つかった叔母名義のマンションの一室を購入して転売、家業の不動産会社の代表取締役に就任した。
こうした経緯を証言できる者は、もはやいない。
古都で何不自由なく育ったであろう宮本容疑者の闇は深まるばかりだ。


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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班