初めての面接で無罪を信じた
私が初めて袴田さんと語り合ったのは1980年7月中旬、東京拘置所北舎2階の会議室兼面接室だった。当時、私は法務大臣官房会計課で刑務所予算の要求と配付の仕事をしていた。毎年7月、概算要求書を作成するために一ヶ月余り、東京拘置所庁舎3階の大会議室を借り切って泊り込み作業をしていた。
予算要求の資料作りのため、死刑確定者、それから死刑判決を受けている被告人の面接をした。拘置所の生活で困っていることや処遇改善の希望などについての聞き取りが主な目的だった。
この時、20人近くの面接をしたのだが、その内の一人が袴田巌さんだった。袴田さんは短パンにTシャツ姿で部屋に入ってきた。
「気を付け、礼!」
刑務官の号令に合わせて、気を付けの姿勢をとり、しっかりとお辞儀をした。4人を惨殺したといわれる男の第一印象は「無味無臭」だった。
<えっ! この男が殺人犯?>
私は驚き、自分の目を疑った。
10数年の刑務所勤務で万単位の受刑者と接し、親しく言葉を交わした経験がある私にとって「無味無臭」とは、犯罪性も悪意も猜疑心もない純真無垢、まったく汚れを感じない人間のことである。こんなに完璧な「無味無臭」の被収容者を、私は刑務所で見たことがなかった。
死刑判決が確定する4か月前のことであったが、裁判について聞くと「僕は最高裁判所の判事さんを信じています」という言葉が返ってきた。
1時間余りの面接だったが、私は袴田さんの無罪を確信した。同時にそれまで持っていた検察に対する絶対の信頼を葬り去った。翌年も死刑確定者としての袴田さんと再度面接をし、無実の思いをさらに強くしたのだった。