歌舞伎町は『ブレードランナー』だった

その後、長きにわたり『ブレードランナー』(1982)といえばおしゃれなサブカルでカルトな映画として、ファッショナブルな雑誌の映画特集で、「俺もしくは私センスいいもんね」アピールの道具として便利に使われてきました。 でも、劇場公開時に観たのかお前ら! このシャレオツどもめが! と、またしてもルサンチマンが頭をもたげてきやがります。

ええそうですともわたしゃ公開1週間後に、だれ~もいない映画館で観ましたよ。公開前のテレビスポットで、「ケロッグコーンフロスト」でおなじみ、低重心で高トルクを体現する内海賢二さんのタイトルコールで本格的SFポリスアクションへの期待を膨らませて劇場に行ったら、近未来を舞台にしたビターなフィルムノワールだったですよ! 『マルタの鷹』(1941)も『現金(げんなま)に手を出すな』(1954)も観たことないけど痺れましたよオトナの世界に高校2年の分際で!

とはいえこの映画、メチャクチャいい!という結論は観終わった直後は導き出せていません。その圧倒的な情報量に脳はオーバーフローを起こして麻痺状態。しかもすぐに移動しないと、靖国通りを渡った新宿ピカデリーで『ファイヤーフォックス』(1982)が始まってしまうからでした。

「居ても立っても居られず、“俺もこういうの作ってみてえ!”欲がムクムクと大きく膨れ上がってきた」…高2の樋口真嗣を創作の原点に立たせたのは、ケレン味たっぷりの飛行機バトル!【『ファイヤーフォックス』】_1
イーストウッドがベトナム戦争で心に傷をおった敏腕パイロットを演じる『ファイヤーフォックス』 
Moviestore Collection/AFLO 
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歌舞伎町の新宿ミラノ座からコマ劇場前広場を突っ切って、まだいろんな条例で整備される前でなかなかどうして猥雑な歌舞伎町を急ぎ足で歩けば、ついさっき観た酸性雨の降るロサンゼルスのダウンタウンのように見えてくるではないですか。音楽と呼び込みの兄ちゃんのダミ声とテレクラの案内嬢のキンキン声がけたたましく、「入会金無料1時間800円!」が無限ループになって響きわたります。

そういえばブレードランナーの劇中、街頭でずっと流れている雑踏を行き交う人の声に「なんか変なもんが落っこちてたぜ?」というかなりはっきりした日本語がまじっていて、しかも音源がループになっているのか何度も聞こえてきます。 冒頭でハリソン・フォード扮する賞金稼ぎデッカード元刑事が入る屋台には寿司屋のオヤジがいて、日本語と英語の噛み合わない会話で何かを頼みますが、親父はデッカードの注文に「ふたつで充分ですよ!」と日本語で返すのです。

ほかにも街中には、文法的には間違っていないけど用法的におかしな日本語のネオンサインが煌々と輝いています。 正直映画の本筋には何の影響も与えないし、映画全体から得られるかっこよさとは違うけれども、とてもじゃないけど一度観ただけでは掌握できないほどの情報量——濃度と密度が今まで観たどの映画よりも桁違いに充実していました。

当時は今のように全席指定ではなかったので、劇場内に残りさえすれば2回続けて観ることもできたのですが、『ファイヤーフォックス』も気になっていたので、せっかく東京まで来たからには2本見ないと損した気分です。なにしろ田舎の高校2年生の経済観念ですから致し方ございません。