大国に頼る抑止の不確かさ

一つは今度の戦争をなぜ止められなかったかという問題をめぐってです。直接には、バイデンが昨年の暮れから、ウクライナは同盟国じゃないから軍事介入しないということを言ってきているわけですね。それではロシアも比較的気楽に手を出せるようになってしまう。

つまり軍事的な水際の抑止が働かなかったということが主な原因だと言われています。それはそうだと私も思うんだけれど、しかし、なぜアメリカはそういうことを公にしたかといえば、これは三月に議会でいろいろ米政府の高官が証言していますけど、仮にアメリカがロシアと直接軍事的に衝突すれば世界戦争になってしまって、もっと迷惑かけるじゃないかということになっている。

実は今までもそうだったんだけれど、改めて大国に頼る抑止の不確かさというのか、私はものすごくそこにショックを受けたんです。つまり、どんな超大国が攻めてきたとしても、やがてアメリカが出てきてくれるから、そういうことを見越して超大国が攻め込んでくることも抑止されるという前提で日本の防衛は成り立ってきたんです。

だけれど、アメリカのバイデン政権が言うように、ロシアという超大国とアメリカが直接、軍事衝突すれば世界戦争になっちゃう、それは避けなきゃいけないという論理が働くとすれば、それは今、目の前にある中国が台湾侵攻したときに、アメリカが助けに行ったら、それは米中の戦争になるわけですね。

ロシアと戦って世界戦争になる、中国と戦っても世界戦争になるわけですね。ここで結局我々が今突きつけられているのは、大国による中小国への侵略――厳密な意味では、中国が台湾に来ることを侵略と呼ぶかどうかは別として――それを止めようとする、大国の力に頼ってそれを止めようとする、抑止しようとするならば、世界戦争になることを覚悟しなければいけないということです。

これはどっちがいいんですかといっても、どっちも選択できない答えです。大国に攻められても困るし、しかし、それを止めるためといって世界戦争になっても困るしということです。こういう状況に今我々が置かれていることが改めて分かったということだろうと思います。

私も防衛官僚としてずっと、アメリカの核の傘までつながっていく抑止の段階があり、エスカレーションラダー(はしご)がつながっているがゆえに日本の防衛が成り立っていると思ってきました。しかし、実はそれは世界戦争になることを覚悟するということだったわけです。

アメリカとソ連の間には、冷戦時代には、お互いにそうしちゃいけないよねという暗黙の合意が実はあったわけです。核戦争をしないという文書も第4次中東戦争の後に交わされています。

そういう言わば安定的な大国同士の抑止関係があったことを当たり前のように我々は考えて、だからアメリカとつながっていれば安全だよねと考えていた。今、本当にそれが成り立っているんだろうか。

ロシアが核を使うのかどうかということが話題になって、そんな簡単には使わないだろうと思うが、しかし使ったときに、それなりの、それはもう最も深刻な対応を取らざるを得ないと、アメリカもNATOも言っているわけですね。

では、その対応とは何なのだろうか。核で反撃するのか。核でなくても核と同じような破壊力を持った通常兵器を使っていくのか。いずれにしても、そこは世界戦争の引き金になっていくわけで、それが抑止というものの実は必然的な論理の結末になってくる。

だとすると、そうでない、もう一つのやり方を考えなければいけないんだろうと思います。そこで私が改めて申し上げているのは、抑止というデタランスだけではなくて、リアシュアランス、安心供与という、つまり相手が戦争に訴えても守りたいという国益を、こちらが何らかのかたちで保証してやるという、そういう相互の共通認識があれば、相手は何も武力行使をする動機を持たなくてもいいわけです。

そういう対話が両方必要であるにもかかわらず、どうも軍事的抑止だけにみんな目が行って、政策議論もなされている。

だってそんなことを言っても、常軌を逸した独裁者は抑止できないから、どんどん強くならなきゃいけないんだというのも一つの理屈です。しかし、今プーチンが言っているように、核で脅しながらも、アメリカとロシアの間には対話のチャネルは続いています。

アメリカと中国との間にも、今はちょっとペロシ応対で途切れているけれど、また中国の党大会が終わったら、今度はバイデンと習近平の直接の対話に向けた段取りが進んでいくだろうと思うんです。

もちろんそこで、お互いに握手はしないんです。お互いに握手はしないがコミュニケーションは取っているという。ここが実は、さっき(第1回)林さんが言われた三十年戦争の後のウェストファリア会議のようなケースで、あれは本当にみんながもう戦争をやめようねという意識があって、そしてお互いに公開の場で握手をする。

テーブルの上で握手をしながら、実はこん棒を持つような外交のスタイルという、近代的な外交のスタイルができてきたんだけど、今はそれがネットで流れたりテレビ中継されたりする時代になって、政治家はどうしても公開の場で妥協できない状況になってきている。

だから以前はそういう、要はにこにこしつつ、こん棒を持ちながら片手で握手するのが外交であったのに、今は口汚く罵り合いながら、実は水面下でお互いの接点を探るという、そういう非常に難しい外交をしなければいけない時代になっている。

そういうときに、いろんな国内の圧力があったり、それから強硬派の意見のほうが通りやすい状態ですから、本当にいざというときに危機管理ができるのかどうかということが心配なわけです。

ペロシが台湾を訪問したときも、習近平がバイデンに対して何とか止めてくれということを言った。そして、アメリカ政府の中でも、ペロシ台湾訪問にあまり賛成する意見はなくて、だから軍隊は中国を刺激しないように、かなり遠いところに空母を出していたわけですね。

その結果、そのエアカバーの中で移動するという意味で、ペロシが台湾に入るルートというのはすごく遠回りになっていったわけですね。

そうやって軍隊が自制しているから何とか衝突が避けられている。一方で、政治家が水面下で打開策を見いだすんじゃなくて、大衆受けするような、ネットに受けるような強硬な外交をやって、自分の政治的プレゼンスのために事を荒立てるような、そんな状況が続いているところに、本当に今の問題が、難しさがあるんだろうと思います。

ただいずれにしても、本気で力ずくでやろうとしたら世界戦争になっちゃうよねという、この厳粛な見通しから逃れることができないわけです。だとしたら何とか、もっと熟達した外交と危機管理をやって、危機そのものを防いでいくことをしなければいけないだろうということです。

第4回 抑止・専守防衛・国防の本質が本格的に問われている_2