『すずめの戸締まり』の驚き――東日本大震災を真正面から描く

いま、さらりと言及してしまいましたが、『すずめ』一番の驚きは、東日本大震災を真っ向から取り上げているということでしょう。

本作は、宮崎県に住む高校2年生の少女「すずめ」が、「閉じ師」として日本を地震から守る活動をしている草太との出会いをきっかけに、日本を縦断し、最終的に母親の死と向き合うまでを描きます。

すずめは、震災孤児です。シングルマザーで看護師をしていたお母さんを2011年3月11日に起きた未曾有の大震災で亡くしており、その妹(すずめにとっては叔母)である環に養われることになり、九州へと移住しました。すずめは、5日間の旅を通じて、過去の悲劇と再度向き合っていくことになります。

新海監督と東日本大震災の関係といえば、なんといっても『君の名は。』です。ただしその言及は直接的なものではなく、彗星の落下と、それによって消滅した糸守町の話として展開されています。

『君の名は。』は、災害の被害者が復活するという物語を語りました。そのことは、公開当時、大きな議論を呼びました。新海誠は、『君の名は。』に寄せられた様々な反応(とりわけ批判)がその次作『天気の子』制作への大きなモチベーションとなったことを同作の原作小説のあとがきに記していますが、その批判の一部は、震災被害に対するこの扱い方自体に対して寄せられたものでもあったはずです。

そんな経緯を考えたとき、『すずめ』は、『君の名は。』を別の形で語り直す作品であるのかもしれないと思わされます。本作の原作小説のあとがきでは、新海誠自身がずっとこの震災に衝撃を受け、今でも考え続けているということが書かれています。

なぜ被害に遭い死者となったのはあの人たちであって、自分ではないのか。生者と死者のあいだの境界線があまりに根拠なく引かれてしまっていることの不条理を、考え続けているのだと。『すずめ』は、その思いをストレートに物語に落とし込んでいるのです。

余談ですが、劇場公開少し前から、新海誠が手掛けたマクドナルドのCMが放映されはじめています(拙著は新海誠とCMというメディアの相性の良さについても書いています)。幼いすずめと、彼女のお母さんの二人が、近所のマクドナルドでビッグマックを食べるというものです。これを初めて観たとき、度肝を抜かれました。

『すずめ』本編の舞台は、2023年9月です(劇中のカレンダーやスマートフォンの表示から、9月下旬の数日間の物語であることが分かります)。

すずめは17歳の高校2年生ですから、4歳の頃に震災があったことになります。すずめの立ちふるまいを考えると、このCMの舞台は、震災の少し前なのではないかと推測できるのです。

度肝を抜かれたというのは、このCMは、『すずめ』本編を観る前と後で、印象が変わってしまう仕掛けになっているということです。作品を観る前は、どこにでもある母と子とのあいだの微笑ましい光景としか見えないでしょう。しかし、鑑賞後には、大災害の少し前の出来事として、震災の死者たちが生前に暮らしていた日常に対する追憶として、ドキュメンタリー性が刻まれることになるからです。