「国民的作家の資質とは何か」『新海誠 国民的アニメ作家の誕生』を柴那典さんが読む
「少子高齢化が進むこの国にとって、いろんな出来事が、始めることよりも閉じていくことの方が難しいと感じることが多くなってきました」ーー映画『すずめの戸締まり』の着想について、新海誠監督はこう語っている。
国民的作家の資質とは何か
「少子高齢化が進むこの国にとって、いろんな出来事が、始めることよりも閉じていくことの方が難しいと感じることが多くなってきました」
映画『すずめの戸締まり』の着想について、新海誠監督はこう語っている。
「だからこそ、いろんな可能性を開いていく物語ではなく、一つ一つの散らかってしまった可能性をあるべき手段できちんと閉じていく物語を今作るべきなのではないかと考えました」と、製作発表会見の中で述べている。アニメーション映画を、単なる娯楽としてではなく、虚構を通して今の日本社会の“断層”を浮かび上がらせる作品として作り上げる。まさに「国民的作家」たる発想と言えるだろう。実際、新海誠はそのような問題意識を背景に持つ作品で名を上げてきた。
『君の名は。』は東日本大震災が、『天気の子』は気候変動がモチーフの一つになっている。美麗なタッチの映像やエモーショナルなストーリーが評判を呼び、記録的なヒットを打ち立てる一方、作品のテーマ性は様々な議論を呼んできた。本書はそんな新海誠の作家性を、世界のアニメーション史の中に位置づけ、紐解いていく一冊だ。
新海誠の特異さは、「個人作家」出身というところにある。宮崎駿や庵野秀明などのようにアニメ業界でキャリアを重ねてきたわけではない。傍流の出自だ。ただ、世界各国のインディペンデントなアニメ作品の配給に携わる著者の土居伸彰氏の視点から見ると、こうした個人作家が増えているのは世界的な潮流なのだという。その背景にはデジタルな制作環境の普及による技術革新がある。
新海誠の孤独を突き詰めた作風は、社会の要請と共に巨大化していく。それが『君の名は。』『天気の子』につながった。
「聖地巡礼」という事象が象徴するように、今のアニメーションは実在する場所の風景と呼応し、現実世界のありように強い影響を与える表現となっている。そのことが持つ力に最も自覚的なアニメ作家が新海誠であると言えるだろう。
2022年10月17日発売
990円(税込)
新書判/240ページ
ISBN:978-4-08-721237-2
【「個人作家」としての新海誠の特異性が明らかに】
『君の名は。』と『天気の子』が大ヒットを記録し、日本を代表するクリエイターになった新海誠。
11月11日には最新作『すずめの戸締まり』が公開予定であり、大きなヒットが期待されている。
しかし新海は宮崎駿や庵野秀明とは異なり、大きなスタジオに所属したことがない異端児であった。
その彼がなぜ、「国民的作家」になり得たのか。
評論家であり海外アニメーション作品の紹介者として活躍する著者が、新海誠作品の魅力を世界のアニメーションの歴史や潮流と照らし合わせながら分析。
新海作品のみならず、あらゆるアニメーションの見方が変わる1冊。
【目次】
序 章 新海誠を振り返る
第一章 巨大な個人制作の時代
第二章 モーションからエモーションへ――美しすぎる世界を前に、私たちは燃料になる
第三章 国民的ヒット作『君の名は。』 ―器としての人間
第四章 『天気の子』 国民的作家の完成―「勘違い」の物語
【主な内容】
■新海誠が目指す「絆創膏」としてのアニメ
■100年に渡る「個人作家」の歴史から見る新海誠
■国民的作家になる予兆は新海誠が手掛けた「Z会のCM」にあった
■観客の感情移入を生む新海作品の「棒線画性」とインタラクティブ性
■新海作品の「現実の肯定」と21世紀のアニメーションの文脈
■ディズニーと真逆の方法で「感動」を生み出す
■エイゼンシュテイン・ディズニー・新海誠
■新海誠はあえて人間を描かない
■人間よりも背景が生きている
■人間を動物として捉える
■「文芸作家」としての新海誠
■新海作品とオカルト
■20世紀のアニメーションの常識を覆した『彼女と彼女の猫』
■現代の寓話としての『ほしのこえ』
■『秒速5センチメートル』の「人間不在」と「過剰なまでの一体化」
■『言の葉の庭』の「キャラっぽさ」の不在
■『君の名は。』に見る新海作品の人間観
■『天気の子』のポピュリズム性
オリジナルサイトで読む