世の中よくなるといいな
レジー 今回の本ですが、終わり方はどう思われましたか?
宇野 「ノイズとしての雑談」とかって話だよね? あれはあれでよかったと思うけど。
レジー どうやってこの本を終わらせるか、2つの点ですごく難しかったんですよね。現状の問題を指摘するだけじゃなくて、「この先どうする?」まで踏み込んで少しでも前向きな話にするにはどうするか、というのが1つ。で、そこに踏み込むにあたって「古き良き教養」とは違う解決策を提示できるか、というのがもう1つ。ここは方向性が固まるまでに時間がかかりました。
結果的に何とかまとまったんですけど、「まとめなきゃ!」って意識が強かった分、良くも悪くも優等生的な着地になったなというのは自分が思っているだけじゃなくて別の人からも指摘されていたりします。
宇野 うーん、まあ「結論がふわっとしている」とか「あれが入っていない」とか、そういうのは後からだったらいくらでも言えることだからさ。
レジー それはそうですね。
宇野 逆に質問で、これも「優等生」的な結論なのかもしれないけど、「ファスト教養的なるものが支配的ならば、その中身の質を高めていけばいい」と自分は思ってて。本の終わりにもそういう話があったけど、それも綺麗ごとでしかないと思う?
レジー いや、そんなことはないと思います。今の状況に対する処方箋として有効なのは「古き良き教養」ではないというのは結構こだわったところなんですけど、現状のメディア環境の変化はもはや不可逆な部分も大きいわけで、その流れを踏まえてどうするかを受け手も作り手も考えていくべきだと思うんですよね。
圧縮されたコンテンツであってもまともな人が作っているものであればうまく使うべき、という主張もそんな考えがあってのことです。
宇野 そうだよね。この『ファスト教養』のフォーマットでもある新書だって、昔からあるフォーマットではあるけれど、手に取りやすさや読みやすさという意味では、その処方箋になり得ると思うんだよね。
薄っぺらい内容の新書もたくさんある中で、同じ文字量でいかにちゃんとしたものを作るかっていう。自分がやってる「MOVIE DRIVER」も、それこそファスト教養的なコンテンツが大量にあるYouTubeという場所で、そのフォーマットで関心を引き付けながら、そこでいかに真っ当なことを言うかっていうチャレンジをしてるつもり。
お客さんがたくさんいる土俵にとりあえず上がって、そこで質を高める努力を地道にし続ける。送り手としてはそれしかないと思うんだよね。
レジー おっしゃる通りだと思います。
宇野 以前、誰かが「自己啓発本の問題は、それに対するちゃんとした批評がないことだ」ってことを言ってたんだけど、それは当然の話でさ。『日本代表とMr.Children』のテーマとも重なるけど、自己啓発的な姿勢と批評的な態度って、もうどうしようもないほど相性が悪いの。世の中がここまで「批評」と「批判」を混同して、「上から目線」みたいな言葉で批評を忌み嫌うようになったのと、ファスト教養的なるものが広がっていったのは、完全にシンクロしていると思うんだよね。
この流れがしばらく変わるとは思えない以上、こちらからファスト教養的磁場をハックして、そこから少しでも世の中をよくしていくしかないじゃない?
レジー 「ハック」という言葉をつかってる時点で、宇野さんもちょっとファスト教養に毒されている気もしますが(笑)。
宇野 朝倉未来やヒカルの動画を見てたまに感心することはあるけれど、ファスト教養的なものにはまったく触れてないよ(笑)。
レジー でも、わかります。言葉にしちゃうと軽いかもしれませんが、「世の中よくなるといいな」っていうのは僕も本音としてあります。自分の立場では残念ながら何かを根本的にかつ短時間でひっくり返すことはできないですが、まずは届けられるところから誰かの態度変容につながるものを発信したいというのをこの本を書いて改めて思いました。
宇野 うん。今何かを広く発信しようとするのであれば、目の前にある現実にある程度アジャストして、その内側から徐々に変えていこうっていうところに帰着せざるを得ない。それこそ、『ファスト教養』だってもしかしたら一部ではファスト教養的に読まれているのかもしれないけれど、それでもそこには小さくない意義があるんじゃないかな。
レジー ありがとうございます。本の中で「ファスト教養を解毒する」って表現を使っていて、実際に「解毒」が進むのはしばらく先かもなんて話をしたりもしていたのですが、社会が動き出すきっかけとしてちょっとでも機能するといいなと思っています。
(構成:宇野維正/レジー)
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