「見て見ぬふり」の結果がこれ

レジー 宇野さん!僕の本、どうでしたか?

宇野 面白かった、すごく。でも、『ファスト教養』の中身の話に入る前に、我々のつながりをちゃんと話しておいたほうがいいよね。レジーくんとは2018年に『日本代表とMr.Children』という本を共著で出していて、その中で既に、今回の『ファスト教養』で扱っている問題意識に繋がるような話をいろいろしていた。

レジー そうですね。Mr.Childrenの音楽が「自己啓発」的な文脈でサッカー選手に聴かれているという話に触れながら、まさに彼らの楽曲に奮い立たされている長谷部誠が『超訳 ニーチェの言葉』を読んでいて、自身でも『心を整える。』というベストセラーになった自己啓発書を書いていること、そんな長谷部と白洲次郎の話で盛り上がる本田圭佑がビジネスの世界にどんどん浸かっていっていることなどについて論じました。

宇野 あの本を書いたとき、自分は半分以上は本気で、ちょっとだけ対談上での役割として、「旧世代」としての立場からそういう自己啓発的なもの、言い換えればファスト教養的なものを明確に否定する立場をとった。で、その象徴として、自分の大好きなサッカーの世界にそういう考え方やライフスタイルを持ち込んで、チームメイトにも少なからず影響を与えていた本田への批判をストレートに展開したわけだけど。

レジー まさに「ストレート」でしたよね(笑)。

宇野 一方で、レジーくんはそうした本田批判に一定の理解は示しつつ、本田や長谷部と同じ80年代生まれの世代の一人として、あるいはビジネスパーソンの一人として、そこでのアンビバレントな心情を話していたよね。

レジー はい。「ビジネスシーンでいかに成り上がるか」みたいな感覚を全否定はできないというか。

宇野 あの本でレジーくんと対話を深めていくことで、80年代以降に日本で生まれた世代を取り巻く過酷な状況というか、社会全体に自己責任論とかが蔓延していく中で「ビジネスパーソンとしてどう振る舞うか」といったことを考えざるを得ない環境が広がっているということに自分も気づかされた。一方で、日本代表に招集されなくなってからの本田のビジネスのやり方や、誰とツルんできたかを観察してると、「やっぱりね」という思いもある(笑)。

で、そんなことも考えながら『ファスト教養』を読ませてもらったわけだけど、レジーくんが世代的に影響を受けてきた一連の自己啓発書の書き手だったり、あるいはある時期まで思いっきり前のめりにコミットしてたAKB48のブームだったり、そういうものに対して客観的に批判しているじゃない? 自分はレジーくんのこと知ってるから、「自分のことを棚に上げてるな」ってちょっと思ったりもしたんだけど(笑)。

レジー (笑)。

宇野 ただ、本全体からわかるのは、自身がそういう時代の渦中にいたからこその実感がこもっていたし、たとえば堀江貴文とかについては功罪の「功」の部分にも言及したりと、ちゃんとフェアな作りになっているなと思った。

レジー ありがとうございます。先ほど宇野さんから「アンビバレント」という言葉がありましたが、今回の本については「批判的な分析はするが、自分は決して部外者ではない」という感覚を大事にしようと思っていました。そこが本としてのフェアネスにつながっていたのであればよかったです。

宇野 この本って執筆していたのはいつ頃まで?

レジー 校正作業とかは発売ギリギリまでやってましたけど、文章自体は5月いっぱいくらいには基本的には完成していました。構成自体も、6章の組み立て以外は書き始めるタイミングである程度はまとまってましたね。

宇野 となると、今年の7月の参議院議員選挙、というか安倍晋三にまつわるもろもろの大きな出来事の前には本がほぼ出来上がっていたわけだよね。書いていた時からさらに状況が動いているような実感ってない?

レジー それはほんとにありますね。山上徹也的なものが生まれた土壌と『ファスト教養』で掘り下げている磁場はつながっていると思いますし、NHK党と参政党が受容されている感じも「ここまで来たか」という気持ちです。

宇野 ガーシーまで当選しちゃったし、ごぼうの党みたいなのまで出てきちゃったからね。自分の周りでは、みんな彼らのことは話したがらないけど。

レジー ガーシー、基本的にはこれまで言及してないです。

宇野 口にするだけで何かに加担してしまうみたいな、そういう気持ちはよくわかるし、自分もソーシャルメディアでは触れないようにしてるんだけどさ。でも、その「見て見ぬふり」の結果が日本の現状でもあるわけでしょ? 『ファスト教養』で扱っている中田敦彦とか箕輪厚介とかもその中に入ると思うけど、いわゆる「インテリ層」が黙殺してきたことによって一定の影響力を持っちゃったものって結構あるじゃない?

レジー それは確かにそうなんですよね。本の中で映画『花束みたいな恋をした』の話をしていて、そこでも「麦はビジネス書を読むにしても『人生の勝算』を選ぶべきではないのでは?」という旨の指摘をしているんですけど、『人生の勝算』も箕輪厚介が手掛けたものです。

「インテリを気取る人たちの忌避しがちなものが、忌避されていたがゆえに強大になっている」という状況への問題提起は『ファスト教養』を通じてしたかったことの1つでもあります。もちろんこの話も自分に返ってくるわけですが。

教養があるとインフルエンサーにはなれない? 宇野維正と読むファスト教養_02
『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア)