「かい人21面相」からの脅迫状
推理小説でも描けないほどのドラマの連続だった事件が、約四十年前の関西で起こりました。いまや名前だけは知っているけれど、その内容は詳しく知らないという方も多いのではないでしょうか。「グリコ・森永事件」はそれほど過去の出来事になってしまいました。
1984年(昭和59年)3月18日夜、兵庫県西宮市の江崎グリコ社長江崎勝久氏の自宅に二人組の男が侵入。その時、子供たちと入浴中だった江崎社長を銃で脅し、全裸のまま誘拐するという大胆な犯行がこの事件の幕開けとなりました。
翌日、身代金として現金10億円と金塊百キロを要求する脅迫状が届くと、その大胆な手口や莫大な身代金の額が、まるで映画の世界のように感じられたものでした。グリコはそれらを用意しましたが、結局犯人は現れません。報道編集者の駆け出しだった私が、初めて直面した大事件でした。
誘拐から3日後、江崎社長は大阪府摂津市の水防倉庫から自力で抜け出し、無事に保護されます。誰もがこれでひとまずはホッとしたと思いますが、本当の事件はここからでした。「かい人21面相」と名乗る犯人から、江崎社長宅や江崎グリコ本社に脅迫状が次々と届くようになるのです。
しかし、いざ現金の受け渡しとなると、受け渡し場所を二転三転させるだけで一向に姿を現しません。どこか遠くからじっと見つめているような不気味さを私たちは感じていました。そして江崎グリコだけではなく丸大食品、森永製菓、ハウス食品、不二家などの企業に対しても、同様に商品に青酸カリを混入させるという脅し文句で次々と脅迫しだすようになります。
『森永の どあほどもは
テープと 青さんソーダの かたまりと 青さんいりの かし
おくったのに 信じへんで けいさつえ とどけおった
わしらに さからいおったから 森永つぶしたる
青さんいりの かし 50こ よおい してある』
(1984年10月7日投函分、一部抜出)
この脅迫文が届くと同時に、「どくいり きけん」と書かれたメモが貼られた森永製品が大阪、兵庫、京都、愛知で次々と見つかります。それらには本当に青酸ソーダが混入されていたのでした。ついに毒入り菓子が発見されたのです。
「ほんまに出たか…」
それまでは誰もが脅し文句だけだとどこか思い込んでいたと思います。それだけに本当に青酸入り菓子が置かれていたことに衝撃を受けました。これにより、森永製菓の製品は市場から消えることになりました。「これからどうなっていくのだろうか」とエスカレートし続ける事態に戸惑いながら放送に追われていた当時でした。