安倍元首相暗殺事件が真に問いかけること
――7月に行われた参議院議員選挙についてもSAMEJIMA TIMESでは積極的に発信されていました。
鮫島 参院選はもともと自民党が勝つと言われていたけど、安倍元首相の暗殺事件は驚きましたよね。
――投票日2日前の7月8日、奈良市で応援演説を行っていた安倍晋三元首相が銃撃され、命を落とすという事件がありました。
鮫島 僕がこの事件の余波で心配していることがあります。安倍さんのシンパが彼の功績を称えて、国葬をはじめ、神格化・英雄視するという動きに出ているでしょう。対してアンチは統一教会と自民党の話を突くばっかりになってしまっている。
確かに、統一教会と自民党の問題も大事ですよ。カルト宗教の社会的問題も重要なテーマだし、自民党が統一教会にどんな影響を受けてきたかを暴くのも大切。だけど、もうひとつ絶対に忘れちゃいけない論点がある。残念ながら、そこが完全に見落とされている気がしてなりません。
――その論点とは何でしょうか?
鮫島 それは現在の日本社会を覆う格差社会と貧困の問題です。
貧乏人育ちだからよくわかります。貧しい人や苦しい人にとって、イデオロギー的に右も左もありません。もう30年間も不況が続いて、ただただ苦しいだけだから。
僕も母子家庭で育ったけど、それでも僕の世代は奨学金も軽くもらえたし、アルバイトもいっぱいあったんですよ。どん底から這い上がったやつもいっぱいいる。いま思えばまだ楽だった。
でも、安倍さんを銃撃した山上徹也容疑者の世代はロストジェネレーションで、かなり厳しい家庭環境だったのに、いくら頑張っても這い上がれない格差の固定化みたいな状況になってしまった。そうなると絶望しかないんだよね。
本当はどんな親のもとに生まれようが、どんなにおかしな家だろうが、親は親で子は子だから。たとえどんな親であっても子に責任はないから、どんな環境でも子どもは堂々と生きていける社会にするというのが、本来は政治の一番の役割ですよ。
そこに思いが至らずに、「安倍さんは素晴らしい、かわいそうだ」「いや、統一教会はひどい、自民党との関係を追及せよ!」という二極化した論争が起こっている。そうじゃなくて、僕は現状の貧困・格差固定社会こそが問題の本質だと思うんですよ。一回落ちると這い上がれない歪んだ社会。この社会的要因にメスを入れて取り除かない限り、また同様のことが繰り返されるかもしれないという悪い予感があります。
山上容疑者みたいな追い込まれてしまった苦しい人は、恐らく日本にはいっぱいいます。そういう人は怨念を抱いていますからね。「なんで俺だけ割が合わないんだ」って思っているはずですよ。
大学時代、僕でさえ思ったことがありますから。うちは母子家庭で貧乏だったので、家賃が月に1万円ぐらいの下宿に入ったら、部屋にはトイレも水道も無くって。京都の冬はかなり厳しいのに、外で歯を磨くようなところで1年過ごしたからね。
それに比べて友達はみんな家賃6万円とか7万円のお風呂付きワンルームマンションみたいな物件に住んでいて。なんなんだこの格差は、あまりにも理不尽で割に合わないな、って驚きましたよ。幸い、当時はアルバイトがいくらでもあったから、必死に働いて引っ越すことができたけど。
いまでは東大・京大に通う学生の親の平均年収が高くなって、ある程度のお金持ちじゃないと東大・京大には行けなくなっているでしょう。階層格差が固定した時代なんですよ。そういうことを考えると、やっぱり格差問題・貧困問題こそが本当は参議院選挙の最大の焦点であるべきだった。実際に貧困を背景とした大事件が起きてしまった。
でも、ほとんど誰もそこに目を向けようとしていない。安倍元首相暗殺事件がこのまま「単なる山上容疑者の個人的な恨みによる犯行」で片づけられてしまうと、ちょっと怖いね。
――メディアの分析もピントがずれているのでしょうか。
鮫島 メディアの人間たちも「上級国民」だからね。メディアは「右か左か」ばかりで考えるからダメなんです。「上下」で考えないと。貧乏人は右にも左にもなります。正直、イデオロギーなんてどっちでも良い。ただ辛いから。そんなの考える余裕もないから。とりあえず恨みを募らせているんですよ。
だから貧困をまず問題にして解決しないといけない。でもメディアの人間たちは本気で弱い人の立場に立つことができていない。自分たちが恵まれた環境にあるからだと思うんだよね。