レストラン日本の厨房に映し出されるものとは……
思えば倉岡氏と木下氏をつなげたのも、同じ大学で、片や剣道、片やバレーボールに打ち込んだ青春時代、そして「世界志向」という共通項があってこそ。
だからこそ二人は、スポーツ界、そして自分たちを受け入れてくれたアメリカの社会システムにも、還元しなくてはとの思いがある。
「私がレストラン日本に来たのは1979年。ベトナム戦争が終わって間もない頃だったので、ベトナムからの難民がたくさんアメリカに来たんです。そこで倉岡は、多くの難民を皿洗いなどで雇いました。皿洗いだったら言葉が話せなくてもできる。その間、彼らは英会話学校に通い、英語ができるようになったら次のステップに進んでいきました。
そうやってベトナム人にはじまり、アフガニスタンやイラン、イラク。ユーゴスラビアやリビアと、世界中の紛争地帯から逃げてきた人たちを雇い入れていたんです」
だからね……と、木下氏は笑いながら続ける。「レストラン日本の厨房を見れば、世界のどこで紛争が起きているか分かる、その時々の世界情勢が見えるって言われていたんですよ」。
なるほど、その話に寄せるなら、8月から9月にかけてのレストラン日本の客席を見れば、世界のテニス情勢を知ることができるだろう。
今年で言えば、先のウィンブルドン優勝者のエレナ・リバキナや、全仏オープン準優勝者のキャスパー・ルードらが訪れた。テニスの一大勢力であるチェコやスロバキアの選手たちは、ナブラチロワの頃から続く常連だ。
チェコやスロバキア選手たちに評判だったため、定番となった人気メニューも多々ある。その代表例が、“ビーフそばサラダ”。そばの実から作るそばは、当店の人気料理。ただ、濃い麵つゆにチョンと付けてズズッとすするざるそばの食作法は、海外の選手にはハードルが高い。そこで登場したのが、二八そばに野菜やひじき、そして肉をたっぷり乗せ、ピリ辛ドレッシングで和えたこのメニュー。ヘルシーなうえに腹持ちも良いと、たちまちアスリート間で評判になった。
食は究極的にプリミティブな行為であるため、国籍や人種、肩書きや地位も越え、本質的な部分で人と人をつなげていく。
ニューヨーク市マンハッタン区の52番通り、小さな“Nippon”の中には、無限の世界が広がっている。
取材・文/内田暁