今なら「先生」と言ってあげてもいい

坂本 そうですか。でも、奥崎さんがいなければ、ニューギニア戦線で人肉を食べていたなんて話は、きっと今でもみんな知ることはなかったでしょう。実は私の小学校の担任の先生がニューギニア帰りだったのですが、戦争のことは一切、話さなかったですね。

 映画に元兵士のウナギ屋さんが出てくるでしょう。あのウナギ屋さんだけは、戦地で人肉を食ったことを隠そうとしなかったんです。「原さん、アンデスの飛行機が不時着して、乗客が生き延びていた事件って知ってますか?」と言うから、「ええ」と。そしたら「あのニュースを見た時に、私はすぐに分かりました。これは人の肉を食って生きていたんだと」って、とくとくとしゃべるんです。

でも、そんな人は稀有で、ほとんどの人が誰にも何も言わず、口をつぐんだまま亡くなっていったんだろうなと思います。上官たちも、奥崎さんに追及されなければ、みんな戦争の加害性について口を割るということは多分なかったでしょうね。

坂本 塀の中はグレーの囚人服がユニフォームで、頭は丸坊主。だから皆、同じに見えるんですけど、そんな中でも奥崎さんは他とは違うオーラがありましたね。受刑者って例外なく、人に迷惑をかけて塀の中に入ってくるわけじゃないですか。

お金を盗ったりとか、クスリをやったりとか。でも、奥崎さんのせいで人生がおかしくなったという被害者はほとんどいないと思うんです。だから刑務官も受刑者も、奥崎さんに対しては見る目が違っていたし、なんかこう、後光が立っているみたいな雰囲気がありましたね。

「8月15日に靖国神社で花束からドスを抜いて…」奥崎謙三が構想していた『ゆきゆきて、神軍』幻のシーン_4

さっきも少し話しましたが、『ゆきゆきて、神軍』の第2弾は作られないんですか。

 本人が亡くなってしまいましたからね(笑)。

坂本 いや、誰か役者を使って。

 いやー、あれは役者じゃ無理ですよ。あのキャラクターは出てこない。奥崎さんが亡くなって17年、映画ができて35年。もうあんな空前絶後な人は二度と日本の社会には登場しないでしょう。そういう意味では、撮影中は絶対に呼びませんでしたが、今なら「先生」と言ってあげてもいいかなと思うんです。

「8月15日に靖国神社で花束からドスを抜いて…」奥崎謙三が構想していた『ゆきゆきて、神軍』幻のシーン_5
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取材・構成/木村元彦 撮影/下城英悟

前編 奥崎謙三が原一男に送っていた『ゆきゆきて、神軍』前編の具体的構想 はこちら

8月13日~19日まで、キネマ旬報シアター(千葉県)にて
『ゆきゆきて、神軍』が上映決定!
詳細はhttp://www.kinenote.com/main/kinejun_theater/home/