うそのない世界

醒めた目で見て「割に合わない」と感じる人がいるかもしれない。何しろ、命を失うことすらあり得るのだから。選手たちの周囲でも、出場を聞かされた当初は反対、もしくは怪訝な目で見る者が多いと聞く。それでもレースに出ようと思う者が、毎回のように陸続と後に現れる。

このレースの何がそこまでして、彼らを惹きつけるのか。

「そこには、うそがないから」

それが、筆者の足かけ9年にわたる取材実感である。選手たちは山の中で自然と向き合い、そして突き詰めれば自己と向き合い続ける。何ひとつ、ごまかしようがない。

すべてがリアル。感覚は研ぎ澄まされ、喜びも、痛みも、悲しみも、つらさも、苦しみも、うそ偽りなくリアルなものとして感じられるはずである。そして些か逆説的な物言いとなるが、だからこそ彼らは社会的な文脈やしがらみから切り離されて、こう感じられるのではないだろうか、「俺は自由だ!」と。

普段は蓋をしている自分のすべてを、レースの8日間で解き放つ。そこで自分が感じる感情や取った行動は、すべて本当のこと。誰にも邪魔されることもない。すべての感情を解き放つなんてことは、日常生活の中ではまずないこと。それはある意味、とても羨ましい。

その姿があまりにも羨ましいので、NHKで3回(2022年8月現在、4回)も番組を作らせていただくこととなったと言えなくもない。