でも、だけど、しかし……。夢の実現まで、あと一歩…改装費用の調達を目指していた矢先、新型コロナウィルスの流行によって、すべての計画が吹き飛んでしまった。
緊急事態宣言の発令により、企画は制限を受け、サウナの利用も禁止に。喫茶の改装どころか、銭湯そのものの存続にも赤信号が灯る。
諦めるのか? 一旦、立ち止まるのか? それとも、前に突き進むのか?
スタッフ全員で何度も話し合いを重ね、出した結論は「クラウドファンディングで不足の資金を調達する」という、銭湯としては、異例かつ、前代未聞となる試みだった。
結果は、常連さんをはじめ日本全国の銭湯ファン、喫茶店マニアの方々の熱い思いに助けられ、開始からわずか3日で目標金額を達成。最終的には、目標金額の170%もの金額が集まった。
想い出を引き継いでいく
クラウドファンディングを経て、喫茶スペースは『喫茶深海』に名前を変えて再出発。メニューは、サンドイッチなど昔ながらの喫茶店フードや、本格的なドリップコーヒーに加え、深海ゼリー、ピンクやブルーの色鮮やかなクリームソーダなど、ビジュアルにもこだわった逸品がずらり。
内装にもこだわり、新しいのに、どこか懐かしさを感じさせてくれる落ち着いた空間となっているが、中でも目を惹くのが、武蔵小山の喫茶店・珈琲太郎から譲り受けたという椅子である。「SNSでそのことを発信したら、珈琲太郎の元常連だったという方が、お店に来てくださって。モノを引き継ぐということは、想い出の引き継ぎにもなるんですよね」。そう話すれいなさんの顔にも、笑みが溢れる。
一口にエモいと言っても、世の中には、人の心には、さまざまなエモがある。十條湯が体現しているエモさとは、想い出の引き継ぎが体現されたものなのかもしれない。
ふたりのマニアが生み出した銭湯の新しいカタチ
時代とともに、銭湯はスーパー銭湯に、喫茶店はカフェに置き換わりつつある今の状況に、研雄さんは、危機を感じているという。「嬉しいことに、十條湯には、地元だけではなく、いろんなところからお客さんが来てくれています。その方たちが、商店街で買い物をしてくださると、十条商店街も盛り上がる。そうやって、地域のお店と一緒に、盛り上がっていけたら」と話す研雄さんの横で、「廃業する喫茶店を継業していきたい」と、熱く夢を語る、れいなさん。
2人からは、地域の発展に貢献しつつ、銭湯・喫茶店という人々の拠り所を絶対に絶やさない――という、強い意志を感じた。
2人のマニアによるシナジーが生み出した銭湯の新しい形は、今や中高年世代だけでなく、Z世代からの高い関心を集めている。十條湯は今日も人々の生活に寄り添う。
第二回 国連のスーパーエリートが下町銭湯へとコンバート!? 東京都・墨田区の人情銭湯「電気湯」
第三回 新宿の洋風銭湯!? 住宅街に佇む、ノスタルジックな東京・新宿区「三の輪湯」の魅力
撮影・取材・文/杉並バイブラー