葛藤を抱えて生きる丑松に抱いたイメージは、ピンと張りつめた湖に投げ込まれた波紋。
──過去作はご覧になったんですか?
「影響を受けたくなかったので撮影が終わるまで2本とも見ませんでした。先程に言ったように小説は読んで、文芸小説としての気品を感じたので、僕が演じることでそれを破壊したくないと思いました。
最初に抱いたイメージとしては、瀬川丑松はピンと張り詰めた池とか湖の水面みたいな印象です。そこに小さな石が投げ込まれたり、雨が降ったりして、水面に徐々に波紋が広がっていって、ついには父から受けた『被差別部落の出身であることを誰にも口外するな』という戒めを破る。そこに向けて、徐々に波紋を大きくしていって、最終的には嵐や洪水で、表面の水の動きが上下左右に入り組んだ感じ、そこを経て、また静かに張っている状態に戻るんだけど、でも最初の状態とは池の中の水が全部入れ替わっているという。
抽象的なイメージですけど、そういう感情の流れを表現していきたいと考えていました。ある場面で、脚本に『叫ぶ』とト書きであったんですが、前田和男監督から、叫んでいる声と音は消して無音状態にして、表情だけが叫んでる状態にするという説明を受け、そういう明白なビジョンがある中で、どう心の叫びを表すか考えたりするのが面白かったですね」
志保との場面では細やかな感情の交わりがある。
──すごく詩的なアプローチで、素敵ですね。今回の間宮さんの丑松はカラー映画ということもあり、特に瑞々しい青の時代という印象を受けました。
下宿先で知り合う、士族出身の志保との仄かな恋愛も展開しますが、志保は与謝野晶子を愛読し、時代の変化にビビッドに反応している女性像として描かれていますね。二人の恋愛感情を表現する上で大切にされたことは?
「丑松と志保の関係においては、演じながらというよりも、完成した作品を見て感じる部分が多かったですね。すごく細やかな感情の交わりがたくさんあるんです。
今、メディアでは色んな恋愛リアリティショーがあるじゃないですか。スキンシップを電波を通して結構、見慣れているというか。そういう流れの中にいて、『破戒』では、桜の花びらの動きを追っているときに、一瞬、二人の目と目があう。これは監督の演出ですけど、明星という雑誌を一緒に読んでいるとき、僕がめくったページを志保役の石井杏奈さんが受け取って、一枚ページをめくる。それだけの作業の中で、触れそうになる手や、近づく顔とか、些細な距離感で、二人の交わりが見えてくる。
そういう表現で伝えていく感情の演出が、個人的にはぐっと来て、すごく良かったなあと思いますね。監督からは、「破戒」は丑松の物語で、差別の中で生きて、父の戒めを破る話ではあるけれども、志保との場面はラブストーリーを撮っているつもりで撮影したいと仰っていたので、それを頼りに演じました」