お二人のつながり
三浦 赤坂さんとは、私が二十歳くらいの時に遠野でお会いしたのが最初ですよね。
赤坂 僕がしをんさんのお父さん、三浦佑之さんと『遠野物語』のゼミナールの主催者側にいたんですよね。あの時はしをんさん、高熱を出してましたね。
三浦 腸炎か何かで四十度以上の熱が出て、ずっとホテルで寝込んでいました。私、赤坂さんと父がどういう関係なのか全然把握してないんですけれど、研究仲間?
赤坂 そうかもしれない。
三浦 仲良しだとは聞いているんですけれど、父が勝手にそう思っているだけなんじゃないかって心配してます。
赤坂 違う違う。親友です。佑之さんが僕の六歳年上なので、ロールモデルのように眺めています。
三浦 ああ、よくないロールモデルを……。
赤坂 娘さんからはけちょんけちょんに言われていますけれど、僕にとっては大好きな男です。
三浦 私とは、赤坂さんが『ナウシカ考』を出された時にイベントでお話ししましたよね。
赤坂 あれはありがとうございました。
三浦 あの時も楽しかったんですけれど、新作の『宮崎駿の詩学』も、あの宮崎作品のあの場面はこういう見方もできるのか、というのが分かって、ものすごく楽しかったです。評論家ではない私のような人間は、ただ楽しく宮崎アニメを観てきたと思うんです。そうするとどうしてもキャラクターの魅力やアニメの動きの魅力、ストーリーの魅力に没入するから、ひとつひとつのシーンを落ち着いて分析していないんですよ。そういう人間にとって、この本はすごく理解や発見を助けてくれます。このご本は、作品ごとに分析しているのではなくて、地の章、水の章、火の章とかに分けられてあって、各章でいろんな宮崎作品に触れられていますね。
赤坂 宮崎駿論はすでにたくさんありますが、ほとんどは作品論なんですね。だから、違う枠組みにしてみたらどうだろうと考えました。でも、そこまで厳密に計算してやっているわけじゃないです。若い頃、五輪塔が大好きだったのね。地・水・火・風・空という。あれが見たくて鎌倉の周りの山の中を歩いたりしていたんです。
三浦 五輪って、その五つを表わしているんですか。
赤坂 そうですね。要するに世界を表象しているんだと思います。それで、「すばる」での連載を始める時に、宮崎駿作品を地・水・火・風・空の枠組みを借りて読み解いてみようと思ったのです。そういう目で眺めると作品論では見えない繋がりや反復がたくさん出てくるという予感がありました。それで、事前にこの章ではこれを書こうなどとは決めずに、白紙の状態で書き始めたんです。
三浦 それでよくこんなふうに、緻密かつ自在にお書きになれますね。
赤坂 僕はいつもそういう書き方なんです。そうすると、書きながら、「地」の章ならあれがあるな、そういえばこれもあるな、といろいろ見えてくるところがあるんです。思いがけない発見もいろいろあるんですよ。最初期の作品である「未来少年コナン」にすでにいろんな要素があって、その後それがどう展開していくかもよくわかりました。
三浦 このご本は、いろいろな宮崎作品を自由に渡り歩きますよね。イメージに導かれるままに、あっちの作品はこうだった、こっちはこうだった、と深めていく。読んでいると私たち読者も、あのシーンは確かにそういうふうに受け止められるなとか、じゃああのシーンはどうだったんだろうとか、かつて観た宮崎アニメのシーンのあれこれが思い浮かんでくるんです。だから読者にとっても、宮崎アニメを観た時の自分をもう一回たどる旅になるんですよ。それがすごく楽しかったんですよね。
赤坂 そういうふうに読んでくれる読者が一人でも二人でもいると嬉しいですね。
三浦 いっぱいいらっしゃると思います。
赤坂 僕自身も断片的な風景や情景を呼び覚ましながら、この場面は「地」というまなざして見るとこんなふうに見えるけれども、「火」というまなざしで見ると全然違って見える、などと発見していきました。同じシーンが何度も出てくるので、繰り返してばかりだとか言われるんだろうけれども、そこは許してもらおうと思って。
三浦 何度も出てくるのは当然ですよ。そんなにぱっきり、ここは「地」の表象のシーンです、って分けられるわけがないですもん。それにしても、民俗学や文化人類学、神話といった赤坂さんのご専門の分野を通して見ると、宮崎駿の世界がまた違って見えるというか。宮崎さん自身もたぶん、かなり勉強されているんだろうと思いました。阿呆のような感想を言いますが、赤坂さんも宮崎駿も頭いいな、って(笑)。宮崎駿さんも赤坂さんも知性に裏打ちされたむっちゃ感性の人だなと思いました。宮崎さんが意識的になのか無意識のうちになのか分からないけれど、これまでに得てきた知識を作品に反映していることが、赤坂さんのご本を読んではじめて分かって、すごく刺激的でした。かといって赤坂さんがバチバチに分析する感じでもないところもよくて。
赤坂 まあ、みんな僕の妄想みたいなものだから。
三浦 妄想とおっしゃったけれど、自由な空想と想像力を働かせてお書きになっていて、すごく豊潤な評論という気がしました。
赤坂 それは嬉しいですね。
三浦 ここで「この場面はこういうふうに読み解けます」みたいにかっちり分析されすぎてしまうと、今度は宮崎駿の作品自体がその枠にはめられて縮こまっちゃう気がするんです。でもそうではなく、ひたすら広がっていくというか。自分の中でもどんどん自由な感じとり方が許されていって、読みの回路が増えていく感じがしました。
赤坂 ありがとうございます。自分が見取り図を持たずに書いているから広がっていくのかもしれませんね。「すばる」の連載を始めた後になるんですが、宮崎駿さんの『イメージボード全集』の刊行が始まったんですよ。これは連載中もずいぶん眺めました。宮崎さんは「ルパン三世 カリオストロの城」で興行的に失敗して、三年間くらいほとんど仕事がなくなるんですが、その間に膨大な量のイメージボードを描いている。それらも収録した全集です。
宮崎さんご自身が「僕は絵で考えるから、イメージボードを描く」と言われているように、僕らだったら言葉でメモをとりそうなところを、ひたすら絵を描くんですよね。当時描かれたイメージボードを並べていくと、「風の谷のナウシカ」にたどり着くまでのプロセスが見えてくると感じる瞬間がありました。腐海も最初は砂漠だったのが、「風の谷のナウシカ」になると巨大な植物と蟲たちの死の森になっていく、とか。
『イメージボード全集』にはアニメには描かれなかった場面や風景もたくさんあるんですが、それらも眺めて、そこから自分が何を喚起されるかを大事にしながら読み込むことをずいぶんやりました。それと、アニメや漫画の風景をいかに自分の言葉に移し替えるかということも、かなり試行錯誤を繰り返しましたね。
三浦 描写力を鍛えたってことですかね。
赤坂 そうですね。僕は映画評論や漫画評論をやっているわけではないから、ほかの人たちがどういうふうに書いているのか知らないんです。でも、僕は場面が読み手と共有されないと、自分が書いていることがまったく伝わらないと思うので、今回の本でもなるべくそれぞれの場面について描写することを試みました。だから「これはエッセイだ」と言われるのかもしれないけれど、だったらエッセイでいいんじゃないか、と。
三浦 ですよね。『宮崎駿の詩学』は文字を中心に読むわけだけど、アニメやイメージボードにどういう絵が描かれているのかすごく伝わってきました。風の谷はこういう感じで、元の構想は実際のアニメとは違ったんだ、とか。このご本でも紹介されていましたけれど、「風立ちぬ」に「設計で大切なのは センスだ センスは時代を先駆ける 技術はその後に ついてくるんだ」という台詞がありますよね。私はこの言葉に、論文であってもエッセイであっても、大事なのはセンスだなと思いました。
赤坂 感受性のところできちんと作品に向かい合っていないものは面白くないですからね。
三浦 そうですよね。宮崎さんも、頭の中で論理的に考えて作品を構築しているというより、まず手を動かして、絵を描くことでイメージを膨らませていってらっしゃるとしたら、それはセンスとしか言いようがないというか。赤坂さんのご本を読んで、「風立ちぬ」のこの台詞は、宮崎さんのアニメのことを言っているみたいだな、とも気づかされました。
赤坂 宮崎さんのような作家は、先にすべてが見えていなくても見えないままに描いて、その描いたものに触発されてまた描いていくから、無意識の層がたくさんあると思っています。宮崎さんは僕の『ナウシカ考』を面白がってくださったそうなんですが、きっとご本人が「えっ、こんなの俺わかんねえ」とか「よく知らないよ」と感じる部分がたくさんあったと思います。でも、こういう受け手側の想像力の遊びみたいなことを許してもらったほうが、宮崎さんの世界は豊かに広がるんじゃないかなと勝手に思っています。
三浦 いや、本当にそうだと思います。
赤坂 今回の連載は、自分でもどこにたどり着くのかわからないから、楽しく最後まで書けました。たいてい僕は、連載の途中で飽きてやめちゃうんです。
三浦 それはいけませんね。
赤坂 たぶん僕は出版界のお尋ね者なんですよ。でも今回の連載に関しては優等生でした。パソコンはひらがな入力変換で、指一本で打っているんですけれど……。
三浦 えーっ! もう手で書いたほうが速いのではっ!?
赤坂 手書きの頃はすごいスピードで書いていました。でもね、ひらがな変換一本打ちのリズムというか、速度が自分の思考の速度と合っているんで、全然イライラしませんよ。
三浦 一本でばばばって打ってるんですか?
赤坂 いや、ゆっくりです。しをんさんは一日何枚くらい書くの?
三浦 私は一枚も書かない日がほとんどです。って、ドヤって言うことじゃないですね。
赤坂 僕は速いですよ。書いている時は、一日十枚、二十枚くらい。
三浦 一本打ちで? 突き指しますよ?
赤坂 いやいやいや、鉛筆で書いていた頃は十枚書きなぐったらもう指が痛くて。それを考えればラクですよ。安部公房が『方舟さくら丸』だったかな、あれを書いた時はじめてワープロを使ったんですよ。
三浦 あの方はそういうのを導入するのが早かったんですよね。
赤坂 そう、早かったんですよ。その時、それまでと文体がかなり変わったようですね。僕自身もワープロを始めて一年くらいは明らかに文体が変わって、でもだんだん馴染んできて。ほかの人がどう打っているのかも知らずに、いつしかひらがな変換一本打ちになっていました。しをんさんはこれなの?(と、両手でタイピングするしぐさをする)
三浦 もちろん、華麗なピアニスト並みにやっています。
赤坂 ブラインドタッチで?
三浦 はい。















