宮崎作品の変化とは
赤坂 しをんさんは宮崎駿さんの作品ではどれが一番好きですか。
三浦 私は子供の頃に観たから、ずっと「天空の城ラピュタ」が好きだったんです。冒険ものとして最高にわくわくすると思うし。でも、大人になって全部考えてみると、「君たちはどう生きるか」が一番好き。あれはすごくいい作品だと思います。
赤坂 僕もそう思います。実は、僕もずっといちばん好きなのは「ラピュタ」だったんです。冒険映画として、もうあれ以上はないよね。
三浦 はい!
赤坂 でもある時期は、「紅の豚」がすごく気になっていました。あれは趣味映画と言われて結構批判もされましたが、僕は飛行機や空を飛ぶことに対する宮崎駿さんの欲望を、どういうふうに受け止めることができるのか考えました。その後「風立ちぬ」では、飛行機が戦争の道具として描かれました。実は、僕は「風立ちぬ」は最初はあまり好きじゃなかったんですね。でも、繰り返し観直しているうちに、「風立ちぬ」っていいな、と変わっていきました。宮崎駿さんは自分の嗜好とか趣味といったものから逃げずに、非難されても、それをきちんと引き受けて追い詰めているな、という。そういう意味でものすごく敬意を抱きました。
ただ、僕が教えている学生のなかで、卒論でジブリを選ぶ学生は毎年いたけれど、そういう子は「崖の上のポニョ」や「ハウルの動く城」が好きなんですよ。
三浦 世代によって好きな宮崎作品は全然違いますよね。最初に何を観たのかが違うから。
赤坂 僕、「ポニョ」は最初、全然好きじゃなかったんですよ。
三浦 私も「ポニョ」を映画館で観た時、ちょっとよく分からない部分があるなって思いました。宮崎駿さんの作品は、最初の頃は結構、敵がいて、宝物を追いかけて、逃げてとか、構成としては非常にオーソドックスだったのが、いつからかどんどん物語の型から外れていったという印象があります。
赤坂 そうですね。
三浦 一時期、これはもしかして、もう脚本をまとめる力が……と若干思っていたんですけれど、そうじゃないんだなというのが、赤坂さんのご本を読むとすごくよく分かります。むしろ、あえて物語の軛から解き放たれようとする、そのすごいパワーがあると分かって、やっぱり宮崎駿はすごいんだなとあらためて思いました。
赤坂 「風立ちぬ」に、「創造的人生の持ち時間は10年だ」という台詞がありますよね。芸術家の想像力というのは十年しか持たない、という。それなのに、宮崎さんご本人はこんなに長きにわたって描き続けているんだからね。あの台詞を書いた時に、きっと自分に対してもその言葉を突き付けていたと思いますけれども。
三浦 若い頃の馬力とか煌めきといったものはやっぱり十年で失われるから、その後何をどう追求していくかなんだと思うんですよ。それを宮崎さんは長きにわたって、しかも世界でも最高峰のアニメという高水準でやっているんだから、もう、本当にすごいとしか言えません。
赤坂 宮崎さんが長年、これだけの膨大な作品を作られているのは、我々にとっては励ましだよね。もしもジブリがなかったら、戦後の日本って、すっごく寂しかったと思う。
三浦 そうですよね。私の世代は子供の頃からジブリアニメを観ていますが、今の子供たちもそうじゃないですか。つまり、そういう状態が五十年くらい続いているということですよね。すごい影響力ですよね。
赤坂 そうやって長年描き続けてきてたどり着いたのが、「君たちはどう生きるか」という作品でした。これもやっぱり突き抜けた意味で面白かったですね。
三浦 いやあ、面白いですよね。アニメーションとしての面白さもあるし、青サギが明らかに怪しくてワクワクさせるし。私はインコが大好きですね。それと、あの男の子の描き方がすごくいいなと思ったんですよね。
赤坂 主人公の眞人ですね。うん、いいですね。
三浦 ストーリーとして最後はよく分からないんだけれど、でも、彼が選んだことが私はすごくしっくりきたんですよ。
赤坂 僕もしっくりきました。今回の連載では、いろんな作品を取り上げながらもあえて終盤まで「君たちはどう生きるか」には触れずにいたんですよ。自分がこの作品をどう読むことができるか不安だったのですが、最終章まで残しておいたことで、いろんなことが見えたような気がします。
三浦 私、漫画版の『風の谷のナウシカ』は、「君たちはどう生きるか」にもすごく通じているなと感じていたんです。
赤坂 あ、それ感じてました?
三浦 感じてました。赤坂さんもお書きでしたけれど、私も最初にぼんやりと観た時に、これってちょっと『ナウシカ』っぽいなって思ったんだけど、その時はうまく言えなかったんです。今思えば、最後にどういう世界を選びとるかが同じなのかな、って。完全な全き世界なのか、そうではなくて、暴力もあれば憎しみもあるけれどみんなで生きていく世界なのか。そこが漫画の『ナウシカ』と同じだなと思ったんですよね。
赤坂 僕もそれは感じました。「君たちはどう生きるか」は、僕は最初、どう論じたらいいのかよくわからなくて、あの作品について語ってほしいといった雑誌の依頼なんかもみんな断っていたんですよ。でもやっぱり気になっていて。DVDなどで何度も繰り返し観ることができる環境になって初めて全体が見えるようになって、これは漫画版『ナウシカ』だと思いました。
三浦 ですよね、ですよね。
赤坂 「ナウシカ」のアニメ版はエコロジーがすごく前面に出ていたし、少女がみずからを犠牲にして終末が迫っている世界を救済する、というイメージで受け取られていたじゃないですか。でも、宮崎さん自身は、たぶんそこに居心地の悪さがあったんだろうと思います。その後も漫画版を描き続けて、ある意味では成功したアニメ版で観客に予定調和のように受け取られたことを裏切るようなものを描いている。
三浦 そうですね。漫画版の『ナウシカ』は思索が深まっているし、アニメとは到達したところがまったく違いますものね。
赤坂 まったく違う世界に到達しましたよね。漫画版『ナウシカ』は、旧人類によってデザインされた未来予想図みたいな千年後の世界をぶち壊すんですよね。清浄なだけの人間なんてありえないし、汚れっちまった悲しみとか怒りとかを全部抱え込んでこそ人間なんだと信じて、ぶち壊す。同じことを「君たちはどう生きるか」でもやっている。
三浦 やっていましたよね。「君たちはどう生きるか」では、まず、全き世界を作ろうとしている大伯父の中に、すでに悪がある。
赤坂 そう。僕が漫画版の『ナウシカ』と重なったと感じたのは、たとえどれだけ優れた知性であっても、人間の知性は哀れで愚劣な理想郷しか作れないんだということです。「君たちはどう生きるか」では、大伯父はその哀れな世界に主人公の少年を呼び寄せて、継がせようとする。あの血縁意識も変ですよね。
三浦 ねえ。どういうことなんでしょうね。
赤坂 僕はあの大伯父が、自分の作った世界を手放しでいいものだと信じていたとは思えないんです。結局、大伯父は自分の作った世界が壊れていく姿を見届ける人間を必要としたんじゃないか、そのために眞人を呼び招いたと勝手に解釈しました。
三浦 映画を観て、お墓の前の門扉に掲げられた「ワレヲ學ブ者ハ死ス」という文言はどういうことなんだろうと思っていたけれど、赤坂さんのご本に「学び」というのは「真似び」で、最初から大伯父は、私の真似をするなと言っていたんじゃないかとあって、そうかもしれないなと思いました。
赤坂 僕の勝手な解釈ですが。
三浦 そう考えたら、あの大伯父さんが、寂しそうに思えるというか。それと私、あの話はお母さんの描かれ方がちょっと変わってるなと思っていました。主人公のお母さんであるヒサコさんが亡くなって、妹の夏子さんが後妻になるけど、あの二人はたぶん異母姉妹ですよね。主人公が大伯父さんの作った世界に行った時、神隠しにあった若い頃のお母さんがヒミとしてそこにいる。時空のねじれがあるわけです。なんでヒサコさんが神隠しにあったのかというと、ヒサコの継母が妹の夏子を妊娠したか産んだかした頃で、それがヒサコはちょっと嫌だったから下の世界に呼びこまれちゃったのかなって。もちろん、大人になってからは姉妹は仲良くしているんだけれども。あの二人の年が離れているらしいのも、異母姉妹と思えば腑に落ちますし。
赤坂 僕は異母姉妹とは考えていなかったんだけれども、姉妹というのは神話ではすごく重要なテーマですね。この「君たちはどう生きるか」の姉妹も、すごく神話的なものを背負っている。
三浦 ああ、神話的なのか。















