「ひっくり返りそうになった」脱退を決意した最後の一曲
上杉がWANDSを脱退するまでに、シングル11枚、オリジナルアルバム4枚をリリースしているが、前述の覚悟どおり、『世界が終るまでは…』後のシングル3枚、アルバム1枚は大胆な路線変更が図られていた。
上杉が在籍していた後期のWANDSはオルタナティブ・ロックに舵を切ったのだ。
「9枚目のシングル『Secret Night ~It's My Treat~』はもともとWANDS用に作られた曲じゃなかったんですけど、たまたま僕がデモテープを聴いて、すごくかっこよくてこの曲で歌わせてくれって上に直談判したんです。
『Secret Night』は僕が本当にやりたかった音楽に近かったので、それ以降のスタイルへの“橋渡し”というか、そういう意味でこれしかないと」
その2か月後となる1995年4月、実質的に上杉所属時代の最後のオリジナルアルバムとなった4枚目のアルバム『PIECE OF MY SOUL』が発売。同作には『世界が終るまでは…』や『Secret Night』も収録された。
「『PIECE OF MY SOUL』は比較的自分たちのやりたいように作らせてもらえたんです。
もちろん全部が全部満足していたわけではないですけど、当時の僕のやりたかった音楽の60%ぐらいは表現できていたと思います。
それから、『Secret Night』後のシングル2枚、10枚目の『Same Side』と、結果的に僕が歌った最後のシングルになった11枚目の『WORST CRIME ~About a rock star who was a swindler~/Blind To My Heart』は、曲も僕らメンバーで作らせてもらえるようになって。
この頃は、コードも自分で作ったりしていて、全部自分らで曲を作れているっていう手応えみたいなものがめちゃくちゃありましたし、やりたいことができてるって実感もありました。
だから、その路線で続けさせてもらえるなら、僕もWANDSに残っていたかもしれません」
上杉は『WORST CRIME』のリリース後にWANDSを脱退。しかし実は、次のシングル曲の予定があったのだそう。
「次のシングルはこの曲でいくっていうデモテープが来たんです。そもそも曲も自分たちで作りたかったんですけど、違う人の作った曲が来たわけです。
しかもその曲は『もっと強く抱きしめたなら』のようなさわやかな、初期みたいなデジタルポップで……。
もうひっくり返りそうになりましたよ(苦笑)。この曲では歌えない、続けられない。そう思ってWANDSをやめたんです」
〈後編へつづく『「頭にタトゥーを彫ったんで」元WANDS上杉昇が明かすスキンヘッドの理由と、WANDS脱退後の“覚悟”』〉
取材・文/堺屋大地 撮影/井上たろう













