着物姿で店にやってきた若女将

スエヒロのいちばんいいところは何か。そう聞くと、即答だった。

「時間です。時間。もう、それが一番です!」

いまは牛丼チェーンやファストフード店でも、深夜の数時間だけ営業を止める店が珍しくない。福宮さんも、銀座で仕事を終えたあと、この時間に入れる店がかなり少ないと話す。銀座8丁目から帰ってくる途中にも、選択肢は多くないという。

ただもちろん、スエヒロを選んでいるのは、開いているから消去法で…というわけではない。

「立ってサッと食べられるのがいいんです。こういった仕事をしていると、どうしても熱心なお客さんとかいらっしゃるじゃないですか。店が終わっても、ずっとくっついてきちゃうお客さんとか……。だから、ここで一緒に食べて、『バイバイ!』みたいにすると、すぐ終わるのでいいですよね。あ、この話は記事にしないでくださいね!(笑)」

うどんを食べる若女将
うどんを食べる若女将

普段から接客に慣れ、人と話すことを仕事にしている女将だが、店を出たあとは別モードだ。そうした切り替えの時間としても、スエヒロの空気は合っているのだろう。

「ここでは食べて帰るまで、誰にも何も話しかけられないのもいいですね。黙々と食べて、さっと食べて帰るだけ。ほかの客のみなさんも、長居するつもりもなくて、さっと食べて、さっと帰っていく感じ。仕事終わりの人、仕事始めの人がすれ違う時間帯で、この時間には独特の心地よさがあります」

深夜のスエヒロでは、客同士が言葉を交わすことはほとんどない。だが店内には妙な一体感があり、決して広くない空間を譲り合いながら、それぞれが静かに食べている。深夜3時には、そういう時間の良さがある。

タクシー運転手、大工、女将。みな、仕事終わりに立ち寄っていた。そして次に会ったのは、これから仕事に向かうという男性だった。

深夜3時、店の外に人が並び始める
深夜3時、店の外に人が並び始める

京橋で喫茶店を営む69歳の男性。なんと15年ほど、ほぼ毎日この時間に通っているという。

「この時間帯は他にどこもやってないし、ここはおいしいしな。朝のこの時間はごはんじゃ重いし、おそばだとちょうどいいんだよ。でもこの店、月曜日だけは5時半からスタートだろ? だから、月曜日だけはほかの店に行くんだけど、比べちゃうとやっぱりこっちのほうがおいしい。おつゆがおいしい」

毎日頼むのは、かき揚げか、とり天。長く通っても飽きないのは、天ぷらを変えながら食べられるからでもあるようだ。ゲソ天についても、「今ちょっと歯が悪いから食べてないけど、ゲソがでかくていいよね」と笑った。