三味線を担いでストリートへ
――ワーホリから移住に至った経緯とは?
まず、ワーホリ前に日本語教師になるための学校に通い、現地の学校で日本語学習アシスタントとして働き出しました。そこの生徒たちに文化交流の一環として日本の伝統音楽を聴いてほしいと思い、幼少期からやっていた津軽三味線を日本から持参したんですが、それがいまの活動と移住につながりました。
というのも、メルボルンはアートと音楽が盛んな街で、バスキング(ストリートパフォーマンス)が名物なんです。これは日本文化を伝えるいい機会だと思い、先生をしながら空き時間に三味線と歌でバスキングをはじめたんですが、これが楽しくて。
そのうち和太鼓奏者の方と一緒に学校を回ったり、本格的にお金をいただいて演奏するようになりました。結果的に、三味線奏者として活動を続けるために移住を決意しました。
――異国で女性一人でのバスキング、苦労はなかったですか?
最初はすこし怖さもありましたが、津軽三味線は音が大きいので、騒がしい路上でも存在感があって、道行く人も「この楽器はなに?」と興味を示してくれるんです。あと、寄付の文化とアーティストへのリスペクトが根づいているので、演奏中にはたくさんチップがもらえます。さらに、いろんな業界の人もバスキングを見るので、そこでラジオやテレビの誘いを受けたりして、「バスキングってすごい!」って思いましたね。
――バスキング中に、工夫していたことはありますか?
もちろん全員が立ち止まってくれるわけではないので、工夫はたくさんしました。たとえば、和装をしたり、曲の途中でテンポを変えたり。その駆け引きもバスキングの楽しさですね。












