「卒業証書を作ったことはないのか?」の質問に対し
田久保被告は「卒業証書」とされる書類は弁護士の事務所金庫にあるとし、公開や捜査機関への提供を頑として拒んできた。県警は家宅捜索で現物は確保しなかったとみられるが、インターネットの印鑑の注文記録を確認するなどしたとみられる。
捜査が進むにつれて「卒業証書」はニセモノだとの疑いは濃くなっていたが、作製されたのが市長就任後だとの検察の主張が正しければ、田久保被告がこれまで市民に向けて発してきた弁明の信用性は完全に瓦解する。
田久保被告はこれまで記者会見で、「卒業したと勘違いして30年間暮らしてきた」というストーリーに基づき、
「(卒業証書は)本物であると思っていますが、証明するための卒業証明書等は取れません」
「(卒業は)30年前で、それ(卒業証書)をどのように手にしたのか、郵送で送られてきたのか、学校に取りに行ったのか、もう記憶が曖昧です」
「6月28日までは自分自身が除籍という立場にあるということを把握しておりませんでしたので、卒業証書も持っていても何も不思議がないのかなという風に思っていたのは事実」
などの発言を繰り返してきている。
また集英社オンラインでは田久保被告の独占インタビューを重ね、卒業証書の真偽をただしたが、そこでも同様の主張を続けていた。
騒動のさなか「卒業できなかった田久保氏に友人が余興でニセの卒業証書を作り、卒業式後の余興でプレゼントした」との虚偽内容の怪文書が広まったことがあったが、田久保被告はこう否定していた。
「作るっていっても『そんな技術を持ってる人は当時いないよね、そんな技術はないよね』って、みんなで話はしていて…」
しかし、検察は本人が作製したと主張している。













