梁山湖の山寨(さんさい)で晁蓋と王倫(おうりん)が対決

ーーほかに印象に残ったシーンは?

晁蓋と、やがて梁山泊になる、梁山湖の山寨を仕切っていた王倫との最後の駆け引きも面白かったですよね。世の中を正そうとしていた王倫が堕落してただの盗賊集団の頭目になったところに晁蓋たち七人が乗り込んでいって、入れるか入れないかという駆け引きになるんですよね。

ーー王倫が側近たちとどうするか話し合う

側近は杜遷(とせん)宋万(そうまん)。でも実は王倫を見限っていて、しかもそこに林冲(りんちゅう)が潜入していて、いいタイミングで動くんですよね。

いきなり王倫を殺すと、ただの反乱として兵たちからまた敵として見られてしまう。だから、王倫がどうするかをみんなが見ているところで実行するというのが、すばらしいなと思ったんです。映像だと、どうなってるんだろうなって気になりますね。

ーー二巻の史進はどうですか? 公孫勝救出作戦に参加して晁蓋(ちょうがい)の前でいいところを見せました。

晁蓋とともに公孫勝が囚われている牢城を解放するんですけど、史進はナイスな立ち回りをしているんですよ。史進はめちゃくちゃ強い。初めて史進の戦いぶりを見た晁蓋が「得をしたな、私は。

宋江(そうこう)より先に、九紋竜(くもんりゅう)を見ることができた」(p176)って言うんですよ。九紋竜っていうのは史進が背中に入れている刺青で、史進のあだ名でもあるんです。このセリフ、ドラマでも晁蓋に言わせたかったですね。ドラマにはないんですよ、残念なことに。

ーーその後の史進と晁蓋とのやりとりもいいですね。

晁蓋に戦に加わらないでくれと言うんですよね。自分たちが死んでもいいが、晁蓋は違うと。でも晁蓋は「私が死んでも、宋江がいる。宋江が死んでも、必ず別の者が出てくる」と言う。その言葉に史進が驚くんですよ。「もっと上から命令されるのだろう、と思っていました」って(p178)。その次の晁蓋のセリフがいいんですよね。

「そういう命令の中で、いろいろなものが曲がっていったのが、いまのこの国の姿ではないか、史進。私は、そう思っている。よいか。男は、自ら闘うことの意味さえわかっていればいいのだ。死んで悔むのは、その意味がわかっていない時だけだ」
(北方謙三『水滸伝』第二巻「替天の章」集英社文庫 p.179)

ドラマでは存在しないシーンなので、読んでいて悔しかったですね。「え、待って。史進、原作ではめっちゃ活躍してるやん」って。

「ふり返り、一騎だけが斜面を駈け降りてきているのを、晁蓋は眼で捉えた。その一騎が、三百五十騎を威圧していた。九紋竜史進の鉄の棒が、五騎十騎と薙ぎ倒していく」
(北方謙三『水滸伝』第二巻「替天の章」集英社文庫 p.182)

「何でや、俺も出してや」と思って。でも、この場面を読んであらためて僕は史進が好きだなと思いましたね。

一巻のときはまだ王進(おうしん)先生に育てられていた史進が、ようやく成長して、戦で活躍する場面は爽快でした。そして周りからすごく頼られるようになった。あいつはまだ未熟だけど、ブレーキ役の朱武(しゅぶ)と一緒なら大丈夫だ、みたいな感じで、晁蓋たちに受け入れられているんですよね。

ーー腕自慢と策士とが組んで成功していくという。話は変わりますけど、そもそも木村さんは『水滸伝』にどんなイメージを持っていましたか。

正直に言うと、僕が中国の時代もので知っているのは『三国志』くらい。小学生の頃に学校の図書館にあった漫画を読んで、同じ時期に『真・三國無双』という『三国志演義』のゲームが出たことをよく覚えていますけど。

──北方さんも『水滸伝』の前に『三国志』を書いていますね。
木村 そうなんですね。『三国志』は()()(しょく)という三つの国同士の戦いじゃないですか。『水滸伝』は各地の腕自慢が立ち上がって政府の悪を正すみたいな話だから、人が集まって政府を敵に回すまでにどうしても時間がかかりますよね。誰と誰がどうつながって、どう動いていくのかが複雑で。でも、二巻になって少しずつ形が見えてきて、この先どんどん面白くなってくるなと思いました。

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聞き手・構成/タカザワケンジ

写真/矢吹健巳〈W〉 スタイリング/部坂尚吾(江東衣裳)
ヘアメイク/齊藤沙織 聞き手・構成/タカザワケンジ

北方謙三「大水滸伝」シリーズ公式サイト
https://lp.shueisha.co.jp/dai-suiko/