独房の中には音が響かない
独房に閉じこめられると、孤独が襲ってくる。家族や社会から切りはなされ、誰とも交わることのない時間が続く。その孤独を際立たせるのが、音のない環境だった。
朝の点呼、朝食と「願い事」(※2)が終わると、中の人の居住する棟から音が消える。わずかに聴こえてくるのは、運動や入浴の合図、あるいは差入品を告げる看守の声だけだ。それもすぐに過ぎさり、また音のない世界に戻ってしまう。
外で暮らしていれば、私たちの周りには、常に音がある。スマートフォンの着信音、テレビやラジオの音、人の話し声、電車や車の音、信号機の音、鳥や虫の鳴き声に包まれている。ところが、独房にはそれらが一切なく、中の人は音のない空間に閉じこめられる。
その音のなさが、外の社会との落差を際立たせ、自分が外の社会から切りはなされてしまったという現実を突きつけてくる。
もっとも、プリズンの音のなさは、単なる静寂というのともまた違う。そこには常に、看守から監視されているという張りつめた緊張感がある。少しでも大きな音を立てると、看守がのぞきにきたり、場合によっては注意してきたりする。
仕方なく、なるべく音を立てないようにしていると、知らず知らずのうちに行動をみずから抑制し、音を出すことを避けるようになってゆく。
やがて「この行動をしたら注意されないだろうか」と、看守の視線を心の中で先まわりして考えるようになってしまうのだ。
こうして、独房の無音の環境は、中の人をさらに孤立させ、監視の眼差しを内側に植えつけてゆく。
※2 看守が中の人に、宅下げ(外部へ物品などを渡すこと)や身のまわりのことで希望はあるかと聴いてまわる行事。
文/江口大和













