独房の中には音が響かない

独房に閉じこめられると、孤独が襲ってくる。家族や社会から切りはなされ、誰とも交わることのない時間が続く。その孤独を際立たせるのが、音のない環境だった。

朝の点呼、朝食と「願い事」(※2)が終わると、中の人の居住する棟から音が消える。わずかに聴こえてくるのは、運動や入浴の合図、あるいは差入品を告げる看守の声だけだ。それもすぐに過ぎさり、また音のない世界に戻ってしまう。

外で暮らしていれば、私たちの周りには、常に音がある。スマートフォンの着信音、テレビやラジオの音、人の話し声、電車や車の音、信号機の音、鳥や虫の鳴き声に包まれている。ところが、独房にはそれらが一切なく、中の人は音のない空間に閉じこめられる。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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その音のなさが、外の社会との落差を際立たせ、自分が外の社会から切りはなされてしまったという現実を突きつけてくる。

もっとも、プリズンの音のなさは、単なる静寂というのともまた違う。そこには常に、看守から監視されているという張りつめた緊張感がある。少しでも大きな音を立てると、看守がのぞきにきたり、場合によっては注意してきたりする。

仕方なく、なるべく音を立てないようにしていると、知らず知らずのうちに行動をみずから抑制し、音を出すことを避けるようになってゆく。

やがて「この行動をしたら注意されないだろうか」と、看守の視線を心の中で先まわりして考えるようになってしまうのだ。

こうして、独房の無音の環境は、中の人をさらに孤立させ、監視の眼差しを内側に植えつけてゆく。

※2 看守が中の人に、宅下げ(外部へ物品などを渡すこと)や身のまわりのことで希望はあるかと聴いてまわる行事。

文/江口大和

『取調室のハシビロコウ: 黙っていたら、壊された。 ある弁護士の二五〇日勾留記』(時事通信出版局)
江口大和
『取調室のハシビロコウ: 黙っていたら、壊された。 ある弁護士の二五〇日勾留記』(時事通信出版局)
2026/1/7
2,200円(税込)
304ページ
ISBN: 978-4788720749
|普通の夫・一児の父が尊厳をかけて闘った実話|

罵詈雑言を浴びせられる57時間の取調べ、
家族や友人に会えない250日間の勾留に、
あなたは耐えられますか?

弁護士だった江口大和さんは、2018年10月、交通事故を起こした男にうその供述をさせたとして、犯人隠避教唆の疑いで横浜地検に逮捕された。
任意の取調べでは一貫して事実無根を主張し、逮捕後の取調べでは黙秘に徹した。
黙秘する江口さんに、検事は驚くべきふるまいに出た!!

検事は「ガキ」「お子ちゃま」と子ども扱いをし、江口さんの中学生時代の成績表を取り寄せて数学と理科の成績を揶揄。その他にも罵詈雑言のオンパレード。
勾留は250日に及び、家族や友人との面会はおろか、手紙のやりとりも禁止されていた。 幾度となく接見禁止の解除や保釈を求めても、裁判所の壁が立ちはだかる……。

本書は江口さんの獄中メモを下敷きに、逮捕から今なお続く国家賠償訴訟の行方まで、約7年にわたる闘いをつぶさに記録したノンフィクション。
黙秘権のあり方や人質司法の問題点を世に問う1冊です。
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