松尾芭蕉と旅、俳句の魅力『芭蕉はがまんできない おくのほそ道随行記』関口 尚×小澤 實_1
すべての画像を見る

「閉じていない」俳句に魅せられて

──(進行役:江口)受賞のお祝いを兼ねて、今日は関口さんと、文庫の解説を書かれた小澤先生に、この作品について、芭蕉と旅について、それから俳句そのものの魅力についてもお話しいただけたらと思っております。司会は、関口さんの取材に同行してきた集英社文庫編集部の江口が務めます。まずは関口さん、受賞、おめでとうございます。

関口 ありがとうございます。北上次郎さんは本当にお世話になった方で、世間的にはあまり評価をもらえなかった僕の小説を読んでくださり、書評を書いてくださったことがありました。とても嬉しかったです。北上さんにもこの作品を読んでいただきたかったな、という気持ちがあります。

──選評は「本の雑誌社」のHPに発表されていますが、北上さんのDNAを受け継ぐ選考委員たちに激賞されています。

関口 本当にありがたく、嬉しいです。小澤先生にすばらしい解説を書いていただいたおかげでもあります。読売文学賞を受賞された先生の『芭蕉の風景』(上・下)を読ませていただきましたが、先生と同じように、僕も『おくのほそ道』を全部歩いたんです。江口さんと、担当編集者と。

小澤 それはすばらしいですね。『芭蕉の風景』はもともと旅雑誌「ひととき」などでの連載だったのですが、原稿を書くときは、必ずその場に行って考えるようにしていました。

関口 この本には、芭蕉の句とともに先生の句を載せられていますよね。面白い試みだなと。

小澤 芭蕉の句とともにというのが、すごくプレッシャーでした。でも、今になってみると、やっておいてよかったなと思います。

関口 そもそも芭蕉との出会いはいつですか?

小澤 信州大学に行きまして、井原西鶴を研究する東明雅先生の指導を受けたんです。大学三年生のときの演習が『おくのほそ道』で芭蕉を好きになり、卒業論文は「芭蕉の季語」をテーマに書きました。その後、もう少し俳諧を勉強したいと思って成城大学の大学院に行ったんですね。憧れの尾形(つとむ)先生に師事し、ものすごく勉強になったんですが、自分には研究者は無理だと感じ、実作を中心に生きていこうと思って現在に至るという感じです。

関口 実作はいつから始められたのでしょうか。

小澤 大学時代、東先生は連句に夢中で、「信大連句会」を催していらしたんですね。教室では非常に厳しい先生が、連句を巻く(つくる)ときはニコニコされていて、表六句(発句から六句まで)をすぎると日本酒をついでくれるんです。お酒につられて毎週連句会に出るようになったらそこで俳人の宮坂静生先生にお会いして、発句もつくってみないかと言われて。そのお誘いをきっかけに、毎週十句、二十句とつくって宮坂先生に見ていただくようになったのが出発点でした。以来ずっと、俳句に夢中でやってまいりました。

──初心者に向けて俳句の魅力を伝えるとしたら、先生はどう説明されますか。

小澤 いろいろありますが、十七音と短くて端的で、句全体を覚えられるところでしょうか。それぞれが句を思い出して、連想を広げていくことができます。
 それから尾形先生はご著書の『座の文学』に、俳句は孤独な営みではなく、「座」があったからこそ生まれたと書かれています。尾形先生のこの重要な主張が、関口さんの本によく表現されていると思いました。つまり芭蕉が一人だったら、『おくのほそ道』の句は残らなかった。曾良をはじめとするいろんな人たちとの交流の中で芭蕉の句は生まれてきたわけですが、それを小説という形で具体的に書いてくださって、大変嬉しく思います。

関口 小説を書くにあたり、僕は俳諧をいちから調べていったんですが、面白いなと思ったのは「閉じていない」ことです。小説は、著者が一人で書いて完結します。一方俳諧は、複数の人でつくったりしますよね。連句を三十六句の歌仙形式でやるにしても、本当は芭蕉がつくったんだけど、違う人がつくったことにしちゃおうとか、やっぱりこの句はよくないから違うのを入れようみたいな、全体を考えて融通を利かせるところもあって面白いなと。
 実際に芭蕉は、旅先で出会った人をはじめ、いろんな人と句をつくりながら東北を旅していた。そういう旅は面白かっただろうなと思います。

小澤 なかでも旅のパートナーが曾良だったから名句を残せた、ということを、この小説で魅力的に書かれたと思います。