三線との出会いによって
開いた人生の扉
読み終わると、爽やかな風が胸を吹き抜ける。深呼吸をした後のような、ほっとした気持ちになる。沖縄の青い青い空と海が、目の前に広がっていくようだ。
本書の主人公は眠人 。物語は眠人が小学生の時点から、彼の成長を追っていく。幼い頃に母親を亡くした眠人は父親の直彦と二人暮らし。妻を喪って以来「おかしくなった」直彦は、仕事は長続きせず、パチンコ屋とキャバクラ通い。外面だけは良いので、周りからは「いい人」だと思われているが、眠人にとっての直彦は「でこぼこな人」であり、「弱い人」だった。
そんな父親のせいで、眠人が強いられる貧困生活。逃げ出したくとも、その方法さえわからない。ともすれば絶望に飲み込まれそうになる眠人を変えたのは、同級生の竜征と、公園の東屋で出会った高校生の春帆と、彼女が奏でる三線の音だった。
物語のなかで、ひときわ印象に残るシーンがある。眠人に三線を教えることになった春帆が、眠人と竜征の家庭の事情を知り、距離を縮めた時の彼女の言葉。携帯電話を持っていない二人のために、百円玉と自分の電話番号を渡して言うのだ。「いつでもかけてきていいよ。ていうかなんかあったら、必ず逃げてくるんだよ」と。
逃げていいんだよ、ではなく、「逃げてくるんだよ」と引き受けてくれようとする春帆のその言葉。それは、本書のキーワードのひとつでもある。もうひとつは、音楽。辛い日々を送っていた眠人の心にも、三線の音と春帆の歌は届いたのだ。
ここから眠人がどうやって成長していくのか、は実際に本書を読まれたい。明けない夜はないとか、そういう言葉さえ届かない現実と、その現実を生きていかなければいけない理不尽に立ち向かっている全ての人に、この物語が届きますように。そして、その理不尽に立ち向かう人に、躊躇うことなく手を伸ばせる私でありますように。