コミュニケーションの視点から見た演劇の起源

私は特に演劇の起源をコミュニケーションの視点から、さらに以下のように説明してきた。

およそ人間だけが、家族と群れという二つの共同体に所属する。チンパンジーは群れで行動するし、ゴリラは家族単位で行動する。そのどちらにも属するのはヒトだけだ。

厳密に言うとゲラダヒヒという特殊な霊長類がいて、この猿だけは家族と群れの両方に所属する。ヒトと同じように、群れの中に家族があると言い換えてもいい。ただ、このゲラダヒヒの話をし始めると長くなるので、ここでは割愛する。

繰り返す。私たち人間は、家族と群れという二つの共同体に属する。そこで私たちの共同体では、何かを経験した人と、していない人という情報の格差が生まれる。

だから、お父さんが狩りから帰って来たら「今日、こんな大きなマンモスがいてさ」と家族に伝えなければならない。ゴリラの家族に、こんなことは起こらない。

マンモスを見るときは(ゴリラはマンモスを見られないけれど)、家族みんなが同じように目撃するからだ。だから、それをわざわざ「伝える」必要はない。

写真はイメージです (写真/Shutterstock)
写真はイメージです (写真/Shutterstock)

お父さんが狩りに出かけるときには仲間たちに、「今度、5人目の子どもができるので、今日は多くの肉を持って帰らなければならない」と事情を説明しなければならない。

チンパンジーの群れでは、こんなことは起こらない。子どもは母親から離れたあとは、どこかの群れの一員となるからだ。

ヒトだけが、他者に自分の経験を「伝える」。

そして当然、その伝え方には優劣があるだろう。「今日、こんなに大きなマンモスがいた」とは、いったいどれほどの大きさなのか。言葉や身振りで伝える者、あるいは絵で示す者もいたかもしれない。足音で伝える者、ダンスで伝える者。それらが芸能の起源となったのではないか。