ビジネスの場面でも大活躍な本質観取
──本質観取はビジネスパーソンにも注目されていると聞きました。これまで、企業研修はどれくらい行ってきたのですか?
苫野 私は中小企業の経営者の方と、7~8年ぐらい継続的にやってきました。あとは中堅層や初任者など、幅広い立場の方と経験を問わずにやる機会も持っています。皆さん、やってみるとものすごく意義を感じてくださいます。岩内くんもいろいろな形で哲学対話をやっていますよね。
岩内 そうですね。たとえば、自動車関連の企業で「育てる」や「任せる」といった概念の本質観取をしたことがあります。社長と役員、上司と部下の間に最初は目に見えない壁があったのですが、人を育てるとはどういうことだろう、仕事を任せることの意味は何だろう、といった問いを共に考えていくことで、社内の関係性が強くなり、風通しがよくなった事例があります。
あるいは、「不安」の本質とは何か。一見すると、企業活動とは関係なさそうなトピックですが、仕事の不安や私生活の不安がそれぞれの〈私〉のことばとして語りだされていく中で、仕事と私生活のバランスについてのそれぞれの価値観、不安の裏側に常にある「期待」といったことが見えてきます。すると、では、来年度はチームとしてどのように仕事を進めていくのが最適か、ということを問えるようになる。
本質観取を使って物事の「そもそも」を考えることで、成果に追われる日常業務をいったん離れて、仕事を支えている原理や理念をチーム内で共有できる。チーム力や社内の関係性が格段に高まるだけでなく、もう一度、新しい気持ちで仕事に挑戦できるようになる、というふりかえりをいただいております。
──対話を通じてコミュニケーションが生まれ、人間関係がより良くなるんですね。新書の中でも、ある企業において経営理念の本質観取を行うことで、なんとなく漠然と共有されていた目標が具体的なイメージをもって社内で共有されるようになった、という事例が紹介されています(128~129頁)。
岩内 もうひとつ、面白い試みがあります。私は福井テレビで3年間、ジャーナリストの堀潤さんと一緒に「ざわザワ高校」という哲学対話の番組に出演しています。福井県じゅうの高校生を集めて哲学対話をやる、という内容です。
その堀潤さんがいま、『赦しの果て』という映画をつくっているのですが(2026年夏公開予定)、制作にあたって本質観取をやろうということになり、映画制作の関係者を集めて、「赦しの本質って何だろう?」という本質観取を行ったんですよ。「赦し」の本質をみんなで言語化したうえで、それを映画制作に取り込もうと。なので、映画のエンドロールでは、“哲学:岩内章太郎”と私の名前が出てくるらしいんですけれども(笑)。
そういった形で、何かをつくる時に、「その本質って何だろう?」ということを対話したうえで、その成果を制作の内側に取り込むという動きも生まれています。
ちなみに、これはまだ実現していないんですが、いま大学で工学系の先生と自律汎用型のヒューマノイドロボットをつくる計画を相談しています。そのロボットは災害現場で消防士と協働する予定なんですね。でも、その時に「仲間って何だろう」「消防士はどういうものを仲間と考えているんだろう」ということがまずわからないと、ヒューマノイドがどういう性質を持っていれば消防士と違和感なく協働できるのかがわからない。なので、消防士たちの中に入って行って、「仲間とは何か」という本質観取をして、それを言語化したものをロボットの設計に組み込む必要があるわけです。
こういった形で、本当に現在進行形で、本質観取はビジネスの最前線でも生かされているんです。
取材/構成 集英社新書編集部














