税金対策で生まれた?『夜霧よ今夜も有難う』

1966年山中湖畔のゴルフ場で、作曲家の浜口庫之助が石原裕次郎と会ったのは、まったく偶然のことだった。

浜口はその日、山梨県警の本部長と公正取引委員会の知人と3人でプレイしていた。甲府の「青少年を育む会」の歌を作ってほしいということで、東京から出かけてきたのである。

その時、リハビリのためにキャディと2人だけでホールをまわっていた裕次郎に気づいて、浜口が声をかけたことから一緒にプレイすることになった。

「リサイタルのために曲を作ってほしい」と裕次郎から頼まれたのは、ゴルフの後で一杯やりながら話し合っている時だった。裕次郎は翌年5月からリサイタルで全国をまわる予定になっていた。