恋愛そのもののメディア化
現代を生きる若者から見れば、こうした認識は、単なる認知の歪みに思えるかもしれない。「謎のOKサインに頼らないで、ちゃんとお互いに事前に話し合って、きちんと同意を得てからやれよ」と思われるかもしれない。
若者の間で恋愛という文化が広まって十数年しか経っていない当時では、一定の様式や暗黙の了解に頼らないと、そもそも関係を築けない・進められないほど、個人の性愛に関するコミュニケーション・スキルやリテラシーが未成熟だった、とも考えられるが、一定の様式や暗黙の了解をうまく活用することができれば、それだけで恋愛ができた幸福な時代だったと言えるかもしれない。
1980年代末以降、東京を舞台としたトレンディドラマが大きなブームになった。雑誌などのメディアに描かれた消費と結びついた恋愛文化を追いかける形で、ドラマの中にはおしゃれなファッションブランドやレストランなどのデートスポットが登場するようになる。「若者らしく振る舞うこと」と「恋愛すること」が完全に結びついていた時代であった。
東京はまさに恋愛のための舞台であり、東京を発信源とする恋愛文化は、マスメディアを通して地方都市に住む若者にも波及していき、東京への憧れを募らせるきっかけになった。
都市の消費文化を楽しむためには、恋愛こそが最も重要な要素になる。1980年代の恋愛は、雑誌やテレビなどのメディアによって(消費を促すために)構築された文化であり、恋愛そのものがメディア化された経験となっていた。つまり、皆が「ドラマのような恋がしたい」と思っていた時代であり、ドラマのシチュエーションや物語を現実で追体験することが恋愛であった、と言える。
ここにおいても、恋愛を成功させるために必要なことは、メディアによって構築された記号を身にまとうことであった。記号的に振る舞うことの方が、同意を得るためのコミュニケーション・スキルを磨くことよりも重要だったわけだ。
「モテたいのであれば、相手の気持ちを考えて行動しながら、時間をかけて信頼関係を育てていこう」ではなく、「モテたいのであれば、この服を着て、このレストランに行って、このセリフを言いながら、このプレゼントを渡せばOK」となる。













