「力を尽くした」と思える一枚でなければ、僕には価値がない

——夏の撮影についても教えてください。

夏の撮影は、冬よりもずっと気楽です。リラックスできるというか、とにかく楽しい。花も咲いているし、動物はいるし、鳥の声は聞こえるし。どこにいても、賑やかなくらい動植物の気配を感じられるんです。だから、冬以上に寂しさは感じないですね。

——たとえば、どんな被写体を撮るのですか?

カリブーの群れだったり、川を遡上してくる鮭だったり、それを狙う熊だったり、さまざまな被写体を撮りますが、一番時間と労力をかけて撮影するのはクジラです。一人乗りの小さなゴムボートで沖に出て、日によっては10時間以上、波風にさらされながらクジラを待ちます。運良くクジラを見つけても、波でボートが揺れていたら、とても撮影はできません。だからチャンスがものすごく少ないんですよ。
さっき、夏の撮影は気楽だと言いましたが、沖に出ているときだけは別ですね。ちょっと海が荒れたら、僕のゴムボートなんてひとたまりもない。海は、本当に怖いです。

——もっと安全な撮影方法もあると思うのですが、松本さんが自分一人の力で撮影することにこだわるのは、なぜですか?

たしかに、船をチャーターすれば、僕は撮影だけに専念できるし、多少海が荒れていても沖に出られます。いい写真が、今よりもたくさん撮れるでしょう。でも、そうやって撮った写真に、積極的に価値を見出せなくて。それよりも、自分でボートを運転して、悪戦苦闘しながらようやく撮れた一枚の方が、僕にとってはずっと価値がある。僕が撮りたいのは「力を尽くした」と、心の底から思えるような写真なんです。

氷河の上で、50日間一人ぼっち。写真家・松本紀生さんに聞く、孤独のススメ_c

——写真という成果物だけではなく、そこに至るまでの過程を大切にされているんですね。

結果の良し悪しって、自分ではコントロールできないじゃないですか。どんなに手を尽くしても、ちょっとした不運でダメになってしまうこともある。僕の写真もまさにそうで、自然を相手にしていると、思い通りにいかないことの方が、圧倒的に多いんです。そういうなかで、結果にばかりフォーカスしていると、絶対にしんどくなってしまうと思うんです。
それに結果って、人から評価されたり、誰かと比べることで、はじめてわかるものじゃないですか。けれど、その過程でどれだけ頑張ったかは、自分だけが評価できる。僕はそっちの自己評価を大切にしたいんです。
もちろん、結果が出なくてもいいなんて、少しも思っていませんよ。いつだって、最高の一枚を目指しています。けれど、そこに向けて全力さえ尽くしていれば、たとえ一枚も写真が撮れなかった日でも、自分を認めることができる。それが次の日のモチベーションにもつながると思うんです。だから僕は、結果よりも過程を大切にしたい。これからも、自分一人の力で写真を撮ることに、こだわっていきたいと考えています。